MOVIE REVIEW

君の名は。

 ―NO NAME,NO LIFE??―

 東京に住む男子高校生と飛騨の山奥の女子高生の身体が、ある朝突然入れ替わった。という誇大妄想的な出発点から始まるこの物語。一見使い古されたストーリーのように感じるが、この作品は繋がることの喜びと悲しみを捉えたもので、この2016年に生まれるべくして生まれた恋愛アニメ映画と言えるだろう。
 主人公の立花瀧と宮水三葉は、入れ替わりが繰り返えされる中で相手の生活などを知っていく。しかし、ある日突然それが途絶えてしまう。その時、お互いに会いに行こうとするのだが、この時二人は連絡先も知らなければ、住んでいる場所も正確に知らないという状態なのだ。四六時中ネットを通して繋がれる今の私たちからみて、この状況はどうだろうか。恐怖以外の何物でもない?いや、むしろ望んでいる?色んな意見があるだろう。どちらにしても2016年にはあり得ないことだ。そんな状況で二人はどうにかして会おうと努力していく。
 作品の舞台は宮水三葉の住む飛騨の山奥にある糸守町(カフェすら無いと嘆く田舎町)と立花瀧の住む大都市、東京の四谷。この二つの土地を別な角度で捉えるなら、昔の風習が色濃く残るイメージで描かれた糸守町を“過去”。多数の人が大人になれば上京を憧れる場所、東京を“未来”と位置付けることができるのではないか。
 自分の住む田舎をとても嫌がっている宮水三葉の感覚は、もしかしたら監督、脚本、原作者である新海誠氏のパーソナルな視点も含まれているのかもしれない。そう思った理由は、新海氏の出生地が長野県南佐久群小海町という総人口4600人位のいわゆる田舎だったからだ。そして、本作の重要なポイントである三葉たちが住む糸守町への隕石落下による壊滅の危機と、それを防ごうとする瀧との交差は、新海誠氏自身の現在地とふるさとをつなぐ一つの原風景を表しているともとれる。
 そんな二人が生み出した一大事が過ぎ去り、登場人物たちは大人になる。“あれからずっと何かを探しているような気がする”大人になった瀧が思っているこの言葉が本作の重要なキーワードになっている。そう、私たちは誰でも、ずっと何かを探しているような気がしながらも、日々の生活を坦々と歩んでいるはずなのだ。その答えを見つけられないまま。
 この2016年、いつでもどこでもつながることが出来る状態の日本。それを現実だと思っている私たちに、全くつながるツールを失った状態になるという非現実が叩きつけられたとき、やはり驚嘆してしまう。それがこのアニメーションを見終えた時の余韻だろう。でも、そう簡単に繋がらないこと。それこそが本当の現実、リアルだとも言える。
 それから、本作すべての音楽を担当しているRADWIMPS。この十数年、ずっと私たちの喪失感を代弁し続けてくれた日本のロックバンドだからこそ、挿入歌としての役目以上にこの映画の高揚感を増幅させていたと思う。
 大人になった瀧と三葉は運命的な再会を果たす。現代の情報ツールを何も駆使せず。私はその部分に深い感動が覚えた。
 繋がることに、情報はいらない。
 そう、“君の名”さえも。

COLUMN

『さよなら、ザッカーバーグ
ーGOOD BEY !! Zuckerberg CEOー

「あぁ、全部あんたの所為だよ!ザッカーバーグ。あんたの所為で僕らの仮想空間は全て潰された。」
心の中で悪態をつきながら、私は京都音楽博覧会の帰りの電車に乗っていた、イライラしながらも。音博は良かった、本当に良かった。(でも)それは現実の世界での話。

何はともあれ、そんな気持ちになったのは、つい先日、こち亀の終了を知ったのが発端だった。さして、こち亀に思い入れがあった訳ではない。と言ったら怒られるだろうが。200巻迄続いたのに、これでおしまい?悲しいなっていう気持ちではない。僕が言いたいのは、両さんという破茶滅茶な警察官は、現実社会では受け入れられない、だからこそ、漫画という二次元=仮想空間に存在していたはずだった。でもこの2016年には、その仮想空間にすら、両さんの生き場所が無くなったのかもしれない。何故なんだって事をふと思ったのだ。

思えば、ここ20年間で、そういった破天荒な二次元キャラクターや映画スターを僕たちは失っていった。「男はつらいよ」の寅さんは渥美清が亡くなったことで居なくなり、「釣りバカ日記」の浜ちゃんは、盟友スーさん役の三国蓮太郎が亡くなった事により途切れてしまった。

両さんも寅さんも浜ちゃんも、ある意味では、男の理想像の1つとして捉えることが出来る。しかしそれは、今の時代にはそぐわない人物という対象に変わっていった。結果、自然に主流から、淘汰されてしまったという考え方もあるとは思う。ただ、僕が見ているのは現実世界ではなく、仮想空間での事だ。

時代は変わり続けている。でも何故、仮想空間の中にいる破天荒な人たちまで消えてしまったのか。

私はその理由を考え続け、一つのキーワードに辿りついた。それは、人間が作り上げたSNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)が、僕たちの二次元のキャラクターを殺し、その空間を壊してしまったという考え方だ。

私たちはインターネットを通して不特定多数の人とやり取りをする事が出来る。実際に会ったことがない人とでも連絡を取り会える。これは一見、現実社会で起こっていることに思える。というか、どう考えても現実に起こっているのだが。しかし、このコミュニケーションはネットという人工物を使った繋がりである以上、自然界で生まれた交信ではないのだ。つまりこれは、人間が現実社会の上に作った新たなる仮想社会=SNSという構図になる。

こち亀という二次元の仮想空間を体験してきた私たちに、新たにSNSという仮想社会が出現したのだ。なんと、そのSNS上では、簡単に自分自身が両さんになりきれるという可能性さえ用意されているのだった。

おそろしくなってきた。私たちが見てきたこち亀という仮想空間は、私たちの頭の中に存在してきた。しかし、SNSという仮想社会を手に入れた私たちは、今まで想像で作り上げてきた仮想空間をSNSにそっくりそのまま明け渡してしまったのだ。

私たちは、SNS上で誰とでも話せ。誰にでもなれて。色んな事を体験することが出来た。しかし、その代償として、こち亀という二次元、素晴らしき仮想空間を失ってしまったのだ。

いや、漫画を開けばまた両さんに出会えるでしょ?もちろんそれはそうだ。過去には戻れるだろう。でも、未来には行けない。それが、物語が終わったということだ。

更に思えばここ数年、日本の現実世界でも、高度成長期を担った著名人が多数亡くなっていった。特に3.11を境に、そういう時期と重なっていたように感じる。その先の日本を見たくないというように、天に召されていった。

私たちは生きている。曲がりなりにも。
音博の帰りの電車で、年配の方々男性二人と女性一人が話しているのに出くわした。一人の男性は今年定年になったらしい。年上と思われる男性がお酒に酔っ払いながら、その男性に「これからは、好きな時間に好きな事が出来る。いいやないですか。」と言う発言に対して「いや~いいんですけどね。畑仕事とかもあるし、趣味も沢山やりたい事があって困ってるんです。嫁さんに怒られるわ。」と冗談混じりに言い返す。そして、女性は「そうなんや、趣味が沢山あっていいやん。羨ましいわ。私は何もないからな~」と言う掛け合いをしていた。

それを見ていた私は、はぁ、定年後はいいですね。と心の中で、少し冷めた気持ちを抱えていた。でも、これは現実世界での話。今、定年後を迎えた人、65歳過ぎの方は、この日本の高度成長期の一端を担ってきた人でもある。仕事詰めできた人の中には簡単にセカンド・ライフに切り替えられない人もいるという。どちらが良いとか悪いとか、言えない。大多数の人が高度成長期のレガシーを引き継ぎ、やはりその代償も足枷として引きずらざるを得ないのだろう。

結局、ないものねだりである。
ザッカーバーグがいてくれて良かった。
SNSが無ければ、出会うことが出来なかった人はたくさんいるし、世界にはそれで救われた人もいる。今の時代のビジネスには欠かせないものにもなっている。無い生活は考えられないという人もいるだろう。

でも、もし無かったらということを考えずにはいられない。四方山話に聞こえるかもしれないが、二次元キャラクターは死なずに済んだかもしれない。
あの、宮崎駿さえ、引退した一因は、パソコンのOSの繰り返される更新による費用の拡大だったって話もある。おそるべし、マイクロソフト

これからどうすればいいのか。
少なくとも、私たちはインターネットから逃れることは出来ないのだろう。いや使わないという選択だってある。

でも、『君の名は。』という映画は繋がる事の機微を捉えたから、沢山の共感を得た。繋がりたいという思いは人間の本能的なものだから、それに抗う事は出来ないのだ。

ONE PIECE』の作者、尾田栄一郎が、漫画は人と人をつなげるためのものだと言っていたと思う。だとするなら、その繋がりを作り出すツールだった、両さんはもういない。人間が作り出したSNSという馬鹿でっかいツールの前に、ついに消え去ってしまったのだ。

もう、繋がるのはよそう!と言ったそばから、誰でも無いあなたからの連絡を待っている私がいる。

もう、さよならだ。
ザッカーバーグの野郎!

LIVE REPORT

DIR EN GREY
TOUR 16-17 FROM DEPRESSION TO
[mode of DUM SPIRO SPERO]in なんばHatch 2016.10.2

    現時点でディルが作り上げた最終形の世界観が「UROBOROS」(メジャー7作目)だと僕は思っている。始まりもなく終わりもないという意味にも通ずるように、そこからが新たなる始まりでもあった。そして、8作目のアルバム「DUM SPIRO SPERO」は、開始点に立ち返った上でのその先、彼らの初期の名曲「アクロの丘」のその向こうを見た作品だと捉えることが出来る。今回は、ツアー副題[mode of DUM SPIRO SPERO]の通り、このアルバムの再現になるのかな、という予想でライブに挑むことになった。
    開演間近のSEはディルの曲のオルゴール・バージョンが慎ましく流れ、いつもと異なる雰囲気を感じさせつつ、メンバーが登場した。
    始まりはもちろんアルバム1曲目「狂骨の鳴り」から。お馴染みのバック・スクリーンを背に、おどろおどろしい世界観の幕開けとなった。いつもと違った演出は、2曲目「THE BLOSSOMING BEELZEBUB」で、ボーカル京がこちらに背を向けマイクにかじりつき歌い出したことで、後ろの映像にはその京の顔が大画面で映し出されるという構図になっていた。
    京がオーディエンスに向き直り、ライブが加速。「DIFFERENT SENSE」や「LOTUS」などの主要曲が演奏される。
    リーダー、薫のギターは、淡々とバンドの正しいリズムを刻み続け。Toshiyaはベースを縦向きに持ち、服の上からもわかる肉体美とともに演奏。shinyaは相変わらず、ムダのないタイトなドラミングと美しさを放つ。Dieもお馴染みのロングヘアを風になびかせる姿でギターの美旋律を奏でる。(ヘアーにカールがかかっているのは別バンドプロジェクトDECAYSの影響もあり?)
    最近のディルのライブでよく見られるシーンだが、数曲ごとの曲間に、京が舞台で狂い出し、叫び、呟き、狂気に苛まれる演出が繰り返される。これの意味が、のちのち少しだけわかることになった。
    舞台に変化があったのは、「蜜と唾」の前。ステージ・バックでなく、緞帳や垂れ幕のようにステージ前に吊り下げられていた五枚の透過性のある白い幕がメンバーを隠せる位置まで下がり、そこに映画やプロジェクションマッピングのように文字や光を映した。その裏で彼らが歌い、時にはその白い幕に大きな彼らの影が映し出される演出の中で、壮大な叙情詩が続く。その隠された白幕のチラリズムの中、この作品でもっと長尺なタイムの曲「DIABOLOS」が圧倒的な美意識を背に奏でられたのだ。
    そして、再び、白い幕は上がり、メンバーが露わに。本作のラストを飾る、佳曲「流転の塔」で、美しさと重厚さの極致を表し。「「欲巣にDREAMBOX」あるいは成熟の理念と冷たい雨」以降は、ディルの過激な側面を司る演出の連打で本編の幕を閉じた。
    アンコールは数分後、メンバーがラフな(でもファッショナブルな)服装で登場。京は金髪の上に黒のベレー帽を被るスタイルだった。(この佇まいはsukekiyoの彼をイメージさせる)
本編で演奏しなかった「VANITAS」を風通しの良い佇まいと風景で描くと。最新作からの「Un deux」でヘヴィな音像を叩きつけ。新曲、そして「詩踏み」も登場し、会場の熱はピークに近くなる。
    ラストはやっぱり、今のディルの最新型は、まだこの曲ではないかと思わせるほどの会場一体となった合唱が渦巻く「激しさと、この胸の中で絡みついた灼熱の闇」で終焉した。
    最後に、前述した京が曲間で狂う演出については、ツアー名にある”DEPRESSION”
つまり、うつ病を表現していると想像できる。まさに、その状態で過去を追憶し、追求し、何かを見つけようとしている。そんなディルのリアルを見せつけられたアクトであった。

DISC REVIEW


KOHH『DIRT』

―LIVE AND LET DIE―
 
    “この街で生きている半数の人は死人だ”      昔観た仏映画のセリフをまた思いだしていた。そう思った理由は、このKOHHの『DIRT』という作品が“生身の自分で生きる”ということを痛烈に提示したものだからだ。
    今の世間一般を見てみると、“誰々みたいになりたいという”思いがそこらじゅうに闊歩しているように感じる。あの有名人みたいになりたい、だから、その人のSNSをフォローして真似て。そして次にそうやっている自分自身をネットにアップして今を表現する。そこには今を重要視する価値観から生まれた行為の、数珠つなぎがあり、いわゆる一個人の個性を生かすという名目のもと増殖していくのだが。結果的にそれは、お一人様というカテゴリーに含まれる行為となるのだ。
    その反対に、人々は昔以上にもっと人との繋がりを求めるようになった。つまりそれは、逆説的に言えば今持っている絆が希薄だと本当は気が付いているからなのだ。そう、そんな絆は簡単に壊れてしまう。YouTUBEで簡単に人の真似をして、簡単に死を選択して、また簡単に人を殺める。挙句の果てに誰かに見られるという前提で見た目を良くするという整形。そして、それを善とする風潮。今私たちが住んでいる社会は、何もかも簡単に出来るがゆえに、一人でできると勘違いして、それでもつながりを求めようとして、間違った方法で自分自身を変えてしまう。まさに私たちは、今という世界の遭難者なのだ。
    この2016年を生きるHIP HOP MC、KOHH。彼はこんな世界で、こんな風にライムする。〈死ぬまで生きれば絶対死にやしない〉この作品に歌詞カードは付いていない、でもそう歌っているのだろう。こんなにも簡単な言葉で、こんなにも難しい内容を突き付けてくるKOHHはおそろしいアーティストだと言っていいと思う。
    本当の生身の自分で生きるということ。これは難しい。でもその一つのガイドが示された作品である。さあ、あなたは生きているか死んでいるかどっち?


あ~、私も生きているんだろうか…

LIVE REPORT


京都音楽博覧会 2016 in梅小路公園によせて

―よあけまえとよまいごと―

 2016年9月18日、京都の天気予報は雷雨だった。私は京都音楽博覧会(以下音博)に向かうため早めに最寄り駅へ。馴染みの駐車場が何気に終了していたというハプニングに見舞われたが、なんとか別の場所に駐車できた。そんな泡食わされ気持ちで歩いていた時、駅の反対側から、バンドTシャツにゴスロリ風のスカートを穿いた、いわゆるバンギャル的な子がチャリで爆走してきた。私は、あぁフェス行くのねと思いながらも、いや音博じゃないよねと思いなおした。何故なら、明らかにその子が好きそうなバンドは、音博には出ていないからだ。その答えは電車に乗っている途中の駅で見つかった。同日滋賀県で行われているイナズマロックフェスのポスターが貼られ、宣伝されていたからだ。
 音博は小雨が降りしきる中、トップバッタはくるり、そして、先日TVで披露された、オリジナル・メンバーでの「東京」からスタートした。演奏の後、Mステでの曲の入りについて、森信行の掛け声がまずかった的な、京都、関西特有のいじりから始まる辺りが、このフェスの雰囲気を象徴していた。

   2番手は、海外からのアーティストTete、風貌に似合わぬ?筋肉質な二の腕を顕わに、パイレーツ・オブ・カリビアンジョニー・デップの様な佇まいでギターをかき鳴らし始めた。安易すぎる発想かもしないが、さすがセネガル人の父とカリブ海マルティニーク出身の母から生まれたというだけあり、演奏と歌い方には生まれ持ったノリというものが感じられた。MCで片言な日本語で、“日本元気?”とか言っていたと思うが、よっぽど会場のノリが悪かったのだろうか笑。楽曲自体は、いわゆるブラック・ミュージックの何だか凄いんだけど、日本人にはよくわかんないという側面が強調されているわけではなく。メロディもはっきりしていて、日本人の感性にフィットするエモーショナルな部分を感じられたし、それがJ-POPに近寄ろうとした結果でなく、本来の自分の音楽を楽しく奏でた結果そうなっているのが心地良いと思った。
    3番手は矢野顕子。雨がずっと降っていた中で、少し雨脚が穏やかになったりした時間が彼女の演奏の時だった。やっぱり大御所?多くを語るまでもなく、ピアノ一つで奏でられるすべてをこの大きな曇り空にたたきつけられるのはこの人のパワーなのだろう。くるりの「ばらの花」のカバーや、彼女の誰でも必ず耳にしたことがある馴染みの曲等が歌われ、岸田繁とのコラボもあった。一番この人やっぱ強いなと思った発言は、音博は今年で10年目だけど、11年目もよろしくとサラッと言ったところだった。(本当は弱いのと言われるかもしれないが)
    少し長い転換時間をへて、3番手に登場したのはMr.Children 雨脚が強くなる中、初っ端からミスチルといえばこの曲という「名もなき詩」「Tomorrow never knows」をぶっこんでくる辺りが、今のミスチル、桜井の気迫はやっぱり尋常じゃない。フェスだからなのだろうが、90年代に彼らが生み出した曲は、やはり、時代、音楽業界、もちろん彼らの才能が寸分の狂いもなくマッチした状態で生まれ、未だにそんじゃそこらのアーティストのポップさなど、ねじ伏せてしまう。ミスチル・ポップ・マジックの底力を見せつけられた気分だった。そこから、ずっと彼らを追ってきた人は特に嬉しい曲を交えながら、時間軸が現在に進んでいき、「足音~Be Strong」など、今のミスチルの現在地もしっかり提示したうえで、次にステージを開け渡した。
    大トリのくるりfeaturing Flip Philipp and Ambassade Orchesterを待つ会場は、本格的な大降りに、夕暮れ時も近づきつつあった。ステージが完全に転換されていく途中、くるり岸田繁佐藤征史が現れた。二人は、まだ舞台の準備が整ってないんですがというフリから話をはじめ、なんとそこに再び桜井和寿が登場。そのとき、退いていった観客が再びステージ前に戻ってくるという(ミスチル人気恐るべし)人気アーティストが出るフェスらしい人のうねりがあった。そして、ミスチルへのお礼を述べつつ、まだあの曲やってないんとちゃいますか的なツッコミから、あのミスチルの名盤『深海』から「シーラカンス」が桜井和寿くるり岸田、佐藤のコラボで披露されたのだ。丁度その時だ、会場は大粒の雨が降り注ぎ完全なる豪雨、雷音も伴った今朝の予報通りの雷雨になった。
    そんなヤバい状態。その景色の中で響きわたる、“シーラカンス”という叫びは、くるりミスチルが魅せつけてくれたロックという名の「深海」だったといっても過言ではない。
    京都音博10回転、2016年の音博は、大トリを前に荒天で途中中止となった。そして、イナズマロックフェスもほぼ同時刻に中止を決めたらしい。
    1998年以降の日本のロックをくるり無しで語ることはもうできないだろう。それより前から日本のポップ・ミュージック・シーンをけん引してきたバンド、Mr.Children。この日、そのくるりミスチルがクロスした瞬間も、何かが変わっていく予兆を孕んだものだったのかもしれない。
    でも、今はまだ見えない。碁盤の目のような街並みで遠くを見通せる筈の京都でも、豪雨の中では、その先が五里霧中のように皆目見当がつかないこともある。
    ただ一つ、この変わりゆく瞬間をリアルタイムで体験出来ていることにワクワクしているし、くるりが居てくれてよかったと思うのだ。それだけははっきりしている。

DISC REVIEW

KOHH『DIRT Ⅱ』

―日本でヒップポップが流行らない理由―

    何を隠そう、私がHIPHOPにのめり込んだのはエミネムを知ってからだ。それ以降もアメリカのヒップホップアーティストに共鳴することは何度かあった。しかしながら日本のラッパーの中で私の琴線の触れるような音楽を作る人物は未だに現れていない。ただ、それは日本のラッパーが米国のラッパーと比較して、スキルが極端に落ちると言いたい訳ではない。日本人ラッパーからしたら、てめぇに聴く才能がねぇんだよと言われるかもしれないが。アメリカと比べたら、音楽を作るためにかける費用が違い過ぎるなどのくだらない理由は隅に置いといて、結局原因は日本、そして日本語であるということに尽きると思う。そもそも日本でヒップホップは流行らないとくだをまきつつ、うだうだとその理由を考えてしまった。
 1つ目は日本語が綺麗な言葉であるということ。だからこそ、美しいメロディに乗ることに長けていて、日本人の感性にフィットする。2つ目はラップの特徴である韻を踏むという観点から、英語に比べて、日本語には、その言葉と音自体に煽動的な部分が欠けているという点。おそらく英語の中にはラップの言葉に合う破裂音の部分が多数あり、そのリリックがビートに乗った瞬間、HIPHOPというムーブメントが生まれるのだ。3つ目は、英語は言葉にした瞬間からラップっぽくなってしまうという特徴があること。オバマ大統領の演説を聞いたらよくわかるのだが、話す内容すべてがラップになっているように聞こえてくる。これが英語のもつビート感なのだろう。4つ目は日本人の旋律を重要視する心。鈴虫の鳴き声を美しいと感じる感性からも裏付けられるように、日本人は綺麗なメロディを愛でる人種であると言える。しかし、ヒップホップはその美メロと必ずしも共存しない音楽でもある。5つ目は日本人が音楽に求めるサビの重要性。歌謡曲やJ-POPにある曲の展開、起承転結がヒップホップには存在しない場合が多い。ある意味では平坦にリズムが繰り返されるという点。6つ目は、これが一番重要な点であるが、ヒップホップが生まれた理由、その原点にあるのは、黒人が不当な差別を受けた思いを訴えるため、その怒りを言葉にしたため、ビートに乗せてライムする。人々が無視できないタブーを提示することこそがヒップホップの根源的テーマなのだ。
 そう、日本にはこれに匹敵するタブーを言葉にするアーティストなどいないし、そもそもこの日本という島国でそのようなテーマを提示する必要などない。逆に言えば、それくらい日本とは平和な国であるとも言える。だから、私は日本のヒップホップアーティストにのめり込むことは無かったのだ。
 さて、そういう堅苦しい話は抜きにして、その海外のヒップホップに共感してきた日本の音楽家たちの中にもラップというものが浸透してきてずいぶん経つと思う。その最も大きな変化点は、やはり1997年にメジャーデビューしたロックにラップをとり入れたミクスチャー・ロック・バンドDragon Ashの台頭だ。このバンドが日本における、ヒップホップ、ラップの市民権を格段に増やしたことは確かだろう。
彼らに続いて、2000年以降の日本の音楽シーンを賑わせた、ヒップホップアーティスト、KICK THE CAN CREWRIP SLYMEケツメイシは、日本のお茶の間にラップ・ミュージックというものを認識させる役目を果たしたと思う。
今あげたアーティストの音楽はどれもポップ・ミュージックとしての正しさを提示している。だけど、私の中ではどうしてもロックとしてのヒップホップ、ポップの中にあるヒップホップとしての側面を見てしまう。翻せば、純なヒップホップとしての区別ができないということだ。つまり、それは日本の中で純なヒップホップは商業的に機能しない、だから広まらないことを表していると思う。
 ーーーそれから年月が経ち今の2010年代、新たに姿を現したヒップホップMCがKOHHである。この人物はまさに純なヒップホップを体現する人物になりえるのかもしれない。今のメジャーなHIPHOPシーンの中で、それに類するのはKOHHのリリックにも登場するキングギドラ、ZEEBLAになるだろうが、彼は、アメリカ直系のハードなヒップホップを体現している人物であるため、その過激な側面がフォーカスされている部分もあり、柔和なポップ・ミュージックの点からは少し距離を置いてしまう。
 KOHH自身も彼に影響を受けたのだろう、リリックの過激さは確かにある。しかしながら、その根底には、KOHH自身の偉そうぶらない(もちろんZEEBLAが偉そうぶっている訳ではないが、こわそうに見える笑)、今の世相的な表現方法で言うなら、自虐的な側面が滲み出ているのが、特色になっている。このハードとソフトのマッチングに新たな可能性を感じるし、アーティストとしてのシリアスな側面とおちゃらけた側面のバランス感覚、リアルな自身の内面の吐露などは、エミネムにもリンクすると思う。
 そしてヒップホップ音楽で重要になってくる、ビートとメロディは、ジャンルレスと言っていいスタンスがみられる。
私が日本のヒップホップアーティストの中で唯一美的感覚を触発されるのはTHE BULE HEABだ。彼らのビート・ミュージックとポエトリーリーディング的ライムの交差は美しさと生々しさの極致だろう。KOHHのヒップホップにもそれに匹敵する艶めかしさがあるといえる。
しかし、それと同時になんだか分からない側面もある。ライムの中で、「俺はラッパーなんかじゃない」と言い、「I Am Not a Rockstar」という曲もある。そして、やりたいのはアートだと歌う。結果的にKOHHっていったい何なのという疑問がふつふつと湧きながら、私はこの作品を聴き終えた。
 そんな疑問符が消えないまま、でも確かなことが一つ分かった。彼は、カッコいい生粋のHIPHOPをこの日本で表現してくれる存在になるかもしれないということ。
人々がタブーと考える領域に踏むこと。そして、今の日本国で体現し難くなった“自由”というキーワードをKOHHは生身のカラダとライムで体現しようとしていることが痛いほど伝わってきて、それがこわい。
でも、そもそも其れこそがアートであり、芸術であることをこの人は理解しているのだろう。

LIVE REPORT

ROCK IN JAPAN FES.
SOUND OF FOREST
中村一義

森の中で、ガヤガヤ。一曲目に「犬と猫」のワンフレーズ目の歌詞”どおぅおぉ?”と、ドラムの音が鳴った瞬間の高揚感。やっぱり中村一義ですよ!って思ってしまった。

中村一義は麦わら帽子に、焼けた顔?でステージに海賊たちと立っていた。海賊ってことで、ルフィーでも彷彿させたかったのかと?思いつつ。

次に、最新作から「スカイライン」、ERAからの「ロックンロール」がギラギラとするロックの円環を見せつけ。続いて、彼らのテーマソング的なものだと銘打ち「大海賊時代」が披露された。正に中村一義的な、はちゃめちゃなロックの狂宴を見せつけられた。

そして「1,2,3」、ワン、ツー、スリー、フォーの指差しと合唱は、オーディエンスが求める中村一義像とそれが完全に一致している証明だった。

最後に、”生きている奴はいるか!”というクエッションと共に。
キラーチューン「キャノンボール」が投下された。”僕は死ぬように生きていたくはない”という轟音が森の中で響き渡っていく。

ロックインジャパンの初年、中村一義の演奏は、台風の影響等で中止になったという逸話を聞いていた。彼もその事を最後にポロっとこぼしていた。

生きていれば、何かは変えられるということ。その1つを中村一義は体現していたのかもしれない。そんな瞬間だった。