DISC REVIEW

アノーニ『ホープレスネス』

〜人の絶望を笑うな〜

声が遅れて聞こえてくる。いっこく堂の腹話術「衛星中継」を見ていて、最近世界の全てが色んな意味でズレて来た、そんなことを思う。

私がアノーニというアーティストを初めて知ったのは、同人物の別プロジェクト、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズの『スワンライツ』という作品だった。
当時、ビョークとのコラボも話題になっていた作品で、私が、彼の声の力に向き合った最初の作品となった。しかし、彼は「彼」ではなかったのだ。ただ、この時の私が持っているのは声という情報だけで、もちろん私は彼を男性ボーカルと認識していた。このアーティストがトランスジェンダーだと知る前の事である。

本作は「彼」アントニー名義では無く、「彼女」アノーニ名義で出された最初の作品である。岡村詩野氏のライナーノーツに、アノーニの発言で”牧歌的でシンフォニックでもあったアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ”と記載されている。僕自身、アントニーの作品は、クラッシック音楽的な叙情性が漂う音楽と捉えていて、やはり、圧倒的な声の力を感じるアーティストだった。
アノーニがトランスジェンダーであっても、アーティストとしてどうかということが変わる訳ではない。ただ、このアノーニのデビュー作は、アントニーのそれとは異なる世界観を持っている。音楽的には、プログラミングされたビート・ミュージックを背景にしたもので、エレクトロニクスで、ダブ・ステップ的な特徴も持っている。その分裂的な音楽構造が、結果的に彼女の声の艶やかさと交錯したアイデンティティをより明確化させている。
歌詞の中では、ドローンによる爆破や、気温が4°C上がる事による動物の死、オバマ大統領批判。アメリカン・ドリームへの冷めた視点、そして今のアメリカを含めたアメリカ化した世界への痛烈な拒否が示されている。10才の頃イギリスからアメリカに移住したアノーニ自身の、リアルな皮膚感覚による思いも反映されているのだろう。

ただ日本人である僕には、歌詞を見ない瞬間には、この絶望の言葉より、「ホワイ・ディド・ユー・セパレート・ミー・フロム・ジ・アース?」の様な、ポップな曲の側面だけを感じ、酔いしれることも出来る。
しかし、彼女の声と意味が繋がった瞬間に「ホープレスネス」という音楽が希望的観測の全てを薙ぎ払っていくのだった。

いつも洋楽を聴くたびに思うのだが、日本人にとって、「愛する」と「LOVE」は伝わるまでの時間が違うと。だから、日本人の自分には英語の意味も遅れて伝わるのだと思う。最高も最低も。
だけど、希望は必ず訪れると信じる事も出来るんじゃないかとも思う。最近話題のイギリスのEU脱退問題、脱退に賛成しているのは、年配の方々の方が多く、若者の中では反対が多いという。ここで僕は妄想した。UKの年配の方が知っていて、今の若者が知らないものは、そう、リアルタイムで観れたUK古えの最高のロックなのではないか?

全ての絶望が潰えた先に、希望は遅れてやってくるはずだ。それとほぼ同時期にまた最高のロックは産ぶ声をあげるはず。
じゃあ、未来で会おう。