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ロック評論家 ROHITOのブログ

DISC REVIEW

BUMP OF CHICKEN『記念撮影』

―ネガとポジの先に向けて―

 藤原基央は常に物事の両側面を歌ってきた。『FLAME VEIN』は強い自分を『THE LIVING DEAD』は弱い自分を描いたように、光と影、生と死、どちらをも見つめることが誠実であり、真実を捉えることが出来るかのように。
 「リボン」が藤原基央を巣立った後の、新たなバンプの狼煙となる曲だった。つまりこの曲は物事の陽の部分を歌ったものだった。だとするなら、「記念撮影」はその対極にある陰の部分を歌った曲と言えるだろう。
 “終わる魔法の中にいた事”という歌詞の部分にはバンプという魔法のような集合体でも完全無欠ではなく。いずれ必ず終わりは来るという儚さを孕んだ未来からの答えが隠されている。「リボン」と「記念撮影」を対極に見据えれば、今のバンプというバンドの強さと弱さ、どちら側にも思いを馳せることが出来る。
 「Butterfly」以降、バンプの一つの形態となったEDMを取り入れた楽曲ではあるが、サビ以外のヴァ―スの部分は歌詞がシンセの音に乗るように歌われ、さながらトラップ・ミュージックのような印象を与えている。本曲のPVはリリック・ビデオと紹介されていて、歌詞の文字を切って、映像と共に提示していることからも、「記念撮影」の歌詞が特に重要であると感じずにはいられない。
 だから、どうしてもあの「ロストマン」の歌詞と繋がっている“迷子”というワードを引き合いに出してしまう。そう、あの時の旅人はもういない。彼を作りだした藤原基央と一つになり、今現実の世界に存在している。それが歌詞にも出てくる“想像じゃない未来に立って”という部分にリンクしていくのだ。
 「ロストマン」で仮想空間を旅していた旅人は“迷子って/気付いていたって/気付かないフリをした”、そして「記念撮影」で藤原基央は“迷子のままでも大丈夫/僕らはどこへでもいけると思う”と歌った。
 おそらく、この二つの場面は同じ時間軸上で繋がっている。「ロストマン」の“僕らが/丁寧に切り取った/その絵の/名前は/思い出”という部分、その切り取った絵の一つが、「記念撮影」で描かれている過去の思い出なのだ。
 最後の歌詞は“今僕がいる未来に向けて“で閉じられる。そのいまが2017年の藤原基央バンプだ。始まりがあれば必ず終わりがくる。どんな魔法もいつか解ける。そうなのだ、BUMP OF CHICKENポートレートとして記念撮影をした、その瞬間がこの曲に刻まれている。いずれロストマンのあの瞬間のように、この思い出が切り取られ、幾億年も旅することもあるかもしれない。 ”終わる魔法の外に向けて“とあるが、まだ魔法は続く。僕達はこれからあと何回季節を繰り返すことができるだろうか。楽しみで仕方がない。