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ロック評論家 ROHITOのブログ

ROCK CLASSIC

ニール・ヤングアフター・ザ・ゴールド・ラッシュ
NEIL YOUNG『AFTER THE GOLD RUSH』

―失われた共通言語―

 ~序章~1970年。世界はまだ一つの言語で成り立っていた時代(?)全ての宝は持ち去られた後だったが、まだ言葉は通じる世界だった。そして、2017年。全世界、全世代の共通言語すら失った僕たち。それでも、ニール・ヤングの音楽は今に受け継がれていた。これは、音楽が言語コミュニケーションを越えることの最たる証拠だと言える。
 ~1~ 音楽は国境を越える。使い古された名言をもう一度引っ張り出してみた。この言葉は的を射ている、自分の母国語以外で歌われていても、その音楽のもつ喜怒哀楽は感じることができる。たまにこんなに明るい曲なのに、歌詞はかなり絶望的だね、みたいな事があるにしてもだ。
 だから、当然ニール・ヤングの音楽も国境を越えているはず。ヤングの音楽の原点にはロックやカントリーがある。又、リトル・リチャードやチャック・ベリーなどの黒人が作り出すリズム・アンド・ブルース、ロックンロールから、グルーヴなどの音楽的影響も受けている。音楽は人種の壁も乗り越える。
 海外、日本のロックの中にもニール・ヤングへの音楽的オマージュを感じられるものが多数ある。やはり、国境を越えている。
 ~2~ 逆に言葉は伝わりにくいと一般的に言われている。あのデヴィッド・ボウイも人間のコミュニケーションの中で最も曖昧なものが言葉だと言っていたらしいし。当然、言語が違えば伝わらない。世代が違えば伝わりにくい。よく言われる、今の若者は話を聞かん、あの年寄りは頑固で聞く耳を持ってない、とかよく言われることだ。そして、価値観が違えば伝わりにくい。男とか女とか。だから音楽は国境越えても、言葉は越えられない可能性の方が高い。
 ~3~ だとするなら、『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』は音楽としては、国境を越えられたが、言語としては越えられないということになる。でも、おそらく伝わった。色々なアーティストから引用されているのを見てもそうだろう。私が想像するに、あの時ニール・ヤングが歌っていたのは、もうこの1970年に宝物は存在せず、全ては何処かに持ち去られた後だった。という事を悔やんでいた位じゃないか?もちろんこれはタイトルから妄想してみただけだが。後は、愛についてのびのびと歌う事ができたのではないか?なんだか、あの時代、どうも一つの共通言語で世界は成り立っていたと思わずにはいられなくなってきた。
 宝物をすでに失っていた1970年の世界だったのかも。でも、少なくとも言葉は通じた世界だったんだろう?救いだよ。
 ~幕間劇~ 2017年、世界は冷戦の続編が描かれていた。日本、戦後、バブル崩壊、そして、3.11。僕たちはすでに共通の言語を失っていたのだ。
 ~4~ 全ての救いだったロックでさえ、共通言語を失った前では無力なのか。そんな疑問が頭の中をぐるぐる、グルーヴの様に渦巻いていたが、まだ諦めた訳じゃない。
 ~最終章~ それでも、ニール・ヤングの音楽は今に受け継がれていることだけは確かだろう。「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」のピアノの旋律からは、ノラ・ジョーンズの表現スタイルに影響を与えているのが感じられる。「ブリング・ユー・ダウン」からは、アクセル・ローズのボーカル・スタイルへ影響を与えているのが見える。
 また、日本のアーティストへの影響も端々に感じられる。特に日本のロック・バンドが異性に対しての“LOVE”をフォーク・ロックやカントリー・ロックで表現しようとしたとき、「オンリー・ラヴ」や「オー・ロンサム・ミー」は限りなく優秀なお手本となっていると思う。さらに、「バーズ」から立ち昇る歓喜が含まれた王道感は、長渕剛にも影響を与えている。これらは、音楽が言語の壁を乗り越えることを証明する氷山の一角だろうが、ひとつの証拠になる事象である。

 ~エピローグ~ 2017年。海外でヒップホップ系がロック系の売り上げを上回ったってよ!(笑)