ROHITOのロカリロロロ

ロック評論家 ROHITOのブログ

LIVE REPORT

BUMP OF CHICKEN

『TOUR 2017―2018 PATHFINDER』

inさいたまスーパーアリーナ

 2018.2.11

―4人が探検者になった日と私たちがそれを目撃した日―

 2017年から2018年にかけて行われたBUMP OF CHICKENのツアー『FATHFINDER』ファイナルを観た。チャマの発言にもあったが、今回のツアーはメンバー言い出しっぺのツアーだった。アルバムを出したからツアーを行うという、いわゆる定例的なものでなく、彼らが今この時にツアーを行いたいと思ったことが出発点だった。おそらく彼らはこのツアーをする必要があると感じたのだろう。そして、それは必然的でもあったと私は思う。
    いうなれば、このツアーは彼等の歴史を遡る意味もあった。藤原基央がMCで連発していた発言「チャリンコに乗っていた時代から」。そう、藤原がチャリンコに乗って、メンバーが集まって、バンド活動を始めた、その瞬間がすべての始まりだった。

    たまアリ当日。開演前のBGMはトラップミュージック、そして、ケンドリックラマーのラップが選曲されていた。こういった曲たちも今のバンプの音楽に影響を与えていると言える。正に今のアメリカの中心的な音楽、つまりアメリカの王道と言ってもいい。そしてバンプも、もう日本のロックの王道に至ったと言ってもいいのではないかと思う。
    彼等のアルバムを簡単に振り返ると、インディーズ時代の2枚。強い自分を表したと言われている『FLAME VEIN』と弱い自分を表したと言われている『THE LIVING DEAD』。メジャー1stアルバム『Jupiter』は彼らの原点。コンパスの北の印と同じく、どの方向に向かおうがその位置だけは変わらない、くさびのような作品。2ndアルバム『ユグドラシル』はその時の彼等の現在地を示すもので、“旅人”が失われた思い出と、もう一人の自分を探す旅を予兆する作品だった。3rdアルバム『orbital period』は“旅人”が失われた思い出への帰還と、もう一人の自分との再会を描いた作品であった。4thアルバム『COSMONAUT』は彼等のアルバムの中で最も特異な作品で、藤原基央自身の追憶と共に『ユグドラシル』や『orbital period』の物語が始まる前を語ったエピソード1的な側面を持ち、それを現在地と繋げる意味を持つ作品だったと思う。5thアルバム『RAY』は藤原基央が一つの結論に至った作品。バンプの音楽が誰かのための灯台になると宣言したアルバムだった。そして、6thアルバム『Butterflies』は、その誰かのために光になったバンプ自体が藤原基央たちの元を巣立った瞬間を描いた。その時パンプというバンドは名実ともにみんなのバンプになった。そして長年描かれてきた“旅人”の存在もこの時消えたのだと思う。おそらくこの瞬間、バンプという存在を作り上げてきた、fuji×CHAMA×HIRO×HIDEの4人がその世界の新たな探検者となったのだろう。

     このツアーファイナルと『Butterflies』の時との違いが一つ感じられた。前者は、もちろんレコ発ツアーだったという側面もあるが、「虹を待つ人」「ray」「Butterfly」をハイライトに持ってくる事で、歌詞と旋律の持つエモーショナルな側面、体にモーションを駆けてくる電子音と祭典を彩るレイザービームが、幸福感を与える空間を作り上げていたと言える。
    おそらくこれらは、光を待つ人のためにバンプが光になり、巣立っていった瞬間を演出したものだったと思う。つまり、そこには闇が確実に存在していて、だからこそバンプという光が見え、それを私たちは希望だと感じることが出来た。結果、感情を動かされっぱなしにされるのだ。
    後者では、エモーショナルな側面が少し影を潜めていた。彼等が作り上げた演出は、それよか力強いものにすら感じられ、選曲もその特長が出ていた。ラスト前の2曲が顕著に表していたと思う。藤原基央が発言していたように「今までは自分自身の曲を書いてきた、自分のために曲を作ってきた。他の人のための曲なんて作る必要はなかった。でもバンプにも誰かのための曲が出来た、みんなに歌ってもらうための曲ができた。一緒に歌ってほしい」という風な力強いMCと共に「虹を待つ人」が演奏され、サビでのコール・アンド・レスポンスが生まれた。続く「fire sign」でもバンプ4人の演奏とオーディエンスの合唱が続き、その対話は長丁場になった。紛れもなくそれは、この会場で4人と私たちがバンプの曲を作り上げていった瞬間であったことは確かだろう。
    本編ラストは「リボン」。“嵐の中をここまで来たんだ”という歌詞が歌われる。だからこそ、ここまで来れたのかもしれない、とふと頭をよぎる。
    アンコール途中のチャマの発言が興味深いものだった。彼はこのツアー前、もの凄く調子が悪かったらしく、そんなときもメンバーやスタッフの励ましで何とか前に進めたという。たぶん、今回のツアーの意味は、ありふれた言葉になってしまうが4人の絆を再確認するためのものだったと私は思う。えっ。いまさら?ってなると思うが。だって「リボン」もそんな曲だった。この曲が出来たことがバンプの新章の始まりで、その続きがこのツアーにあったのだろう。
    冒頭にも、パンプはもう王道のロックバンドになったと言った。しかし、彼等はずっと王道でない自分たちと向き合ってきたバンドだったと思う。でも藤原基央が作り出す美しい曲たちによって、自ずとバンプという存在は巨大化していき、王道というのに相応しいバンドに至った。いうなれば、今回のツアーは、その巨大化したバンプという存在自体に4人が向き合い、対峙していくためのツアーだったのではないだろうか。この日がツアー最終日で、バンプ結成22周年目のまさにその日だったということもあるかもしれないが。メンバーが抱き合ったり、スキンシップしたり、お互いを確かめ合う仕草がいつもより多かった気がする。
    音自体は、エモーショナルより力強く。その反面、メンバーMCでの本音っぽい吐露は、いつもより多めだった気がする。チャマの最後らへんの発言で他にも興味深いものがあった。このツアー前にもうほんとライブやりたくない!って時があったという。でもツアーが始まるとやっぱり音楽の素晴らしさや奥深さにまた気付かされたとのこと。そして、こうやってライブのステージに立てていることや、リスナーがバンプの音楽を聴いてくれることや、ツアーにこうやって足を運んでくれること。そのすべてが“あたりまえ”には思えなくて。という感傷的な発言をしていた。

    そうなのだ。すべて、普通でない事が奇跡的に繋がり、続いてきたのがバンプの物語なのである。そしてそれが続いていることの幸福感を携え、私たちはツアーに足を運ぶのだ。
   4人はこのツアーでお互いの気持ちを確認し合えた。そして私たちはそれを目撃できた。それが最大級の収穫であり、その記念撮影の行われた日付の一つが2018年2月11日だった。
 チャマが語った弱音のような思いは、巨大化したバンプの物語を続けるという、とてつもなく大きなプレッシャーを跳ねのけようとしていたメンバー4人共通の想いだったのかもしれない。
    藤原基央自身も、バンプが次に進む事が出来るかを、このツアーで確かめていたのかもしれない。インフルにかかってしまったのも、そのプレッシャーが原因だったとか。杞憂だが。最後に彼は「バンド続けていてよかった」というアンサーを口にした。その答えが全てだった。バンプの物語はまだまだ続く。そう思わせてくれる瞬間だったのだ。
    最後に藤原基央がギター1本で聞かせてくれたワンコーラスだけの新曲。「手」や繋がりを彷彿させる歌詞。そこには音楽を続ける理由のようなものが滲みでていたように感じた。彼の息づかいにはエモーショナルな響きが消えないまま残っていたように思う。