DISC REVIEW

あいみょん

『おいしいパスタがあると聞いて』

 

―君は昭和歌謡を聴かない?―

 

   どうしたって妄想癖は抜けない。あいみょんの昔の写真を見て元ヤンキーだと思い、デビュー後の写真に清純派アイドルのような印象を受けて、レコード会社のマーケティング手法を深読みする。それが私にとって最初のあいみょんへのアクセスだった。

   それがあながち間違いでは無かったのではないかと妄想を続けながらも、真意の程を調べる術はなく今に至る。ただよく言われているのは、彼女は大っぴらにセックスという歌詞を歌う。昔の女性歌手ならオブラートに包む事なのに、といったところだろうか。ただ昨今のフェミニズムの視点から考えれば、それも普通の事なのかもしれない。

   彼女のこれまでの作品を簡単に遡ると、インディーズ時代の作品『tamago』はロック、『憎まれっ子世に憚る』はフォーク・ロック。メジャーデビュー後の作品『青春のエキサイトメント』はオルタナティブ・ロック、そして前作の『瞬間的シックスセンス』はJ-POP、といった傾向の作品となっている。

   全体的に見て、あいみょんの一貫した音楽的スタイルの特徴は、日本の70年代のフォークや80年代のシティーポップをアップデートしているところである。

   名曲「マリーゴールド」を経て、ポップ・アイコンとしての消せない指標を打ち立てた彼女は、今作で何を思い歌ったのだろう。タイトルはポップ音楽らしく、深読みさせるものになっている。私は最初“あいみょん的おいしいパスタ”なのだと推測した。

   音楽的な傾向にさほど変化は見られない。しかし、歌詞がハチャメチャだった。初っ端が《でも余裕のない人生は燃える》という歌詞で、現時点で余裕ができたはずのあいみょんを批評的に見た視点からアルバムが動き出す。そして「ハルノヒ」で到達したい幸せの理想郷を歌う。

   その後の歌詞がもっとハチャメチャになる。お金と体と時間を持て余してタバコ吸い始めたら、過去の偉人はこういう場合どう乗り越えてん!と管を巻きだし、愛されたい×2と言っていると思ったら、もう恋なんてしないと静かになる。するとまた超元気になって、散々漂白したものを今度はチョコレートで少しは汚したいと言い出す始末。それでまた次の日聞くと、あの時は全然好きじゃなかったけど、あいつの事が好きかもしれないと始まる。それで切々と恋と金と人生の罠について語られて、もう一度あのころに戻りたいと呟き、あいつの香りが忘れられへんねんと言い出し、部屋を飛び出していった。後々届いたLINEを見ると、少女頃の夢は幸せになることやから、それが叶うまで帰れへんからと言う。最後に、私は不幸なフリするのはほんまにうまい女やからな、と言い残して彼女は去っていったのだ。

   しばらく妄想が続いてしまったが、こういう作品だと私は捉えた。おそらく本作の表題曲はラテン・エッセンスのポップ・ロック「真夏の夜の匂いがする」なのだろう。《簡単じゃないからハマっていくんだろう/恋も金もこの人生も》という歌詞が現時点の彼女のモードに近しいと言える。

   これまでは、あいみょんが奏でる音楽に80年代前後の良き日本を彷彿させる事で、老若男女の幅広い範囲に届くというのがプロダクション側の狙いだった。彼女自身もそれを受け入れ、あいみょんというポップ・アイコンを体現してきたと思う。ただ此処にきて彼女は、自身の昔からの夢でもあった“幸せになる”という到達点が、もしかしたら此処にはないのかもしれないと勘繰り始めた。先人たちの歌詞を引用してみると。《誰かの為に生きる/という思いを込めた旗を抱き/拾ってきた笑顔の中に/自分の笑顔だけ見当たらない》(fire sign/BUMP OF CHICKEN)や《探していた答えはない/此処には多分ないな/だけど僕は敢えて歌うんだ/わかるだろう?》(グッドバイ/サカナクション)や《あの細く美しいワイヤーは/初めから無かったよ》(ガソリンの揺れかた/BLANKEY JET CITY)が今の彼女に近しい感覚だと考えられる。

   幸せになるための答えが音楽には無いかもしれないという思いと、それでも音楽を続けたいという欲望。幸せになれるおいしいパスタがあると聞いて甘い蜜に誘われて来てみた。今まで励まされてきた偉人達の声に誘われてここまで来た彼女は、木乃伊取りが木乃伊になったように、あいみょんというアイコンがあいみょん自身を喰らった後、《今夜は私もその一人?》と囁く地点まできたのだろう。

   《太平洋までは出てきた、海の向こうはアメリカである。泳いで行けば、いつかは着くのだろう。しかし、そんな事が可能なのだろうか。しかも僕はカナヅチだし、そんな心境である。》(渋谷陽一)そんな仙人たちの言葉を脱ぎ捨て、彼女は進むのだ。

遠くの方で、《からくりを知った時/余計あせっていた/近道する奴より/僕は進んでたい》(REASON OF MYSELF/黒夢)という歌詞が木霊していた。

 

P.S.あいみょんがレトロスペクティブな曲を歌うのは、昭和歌謡よきよきとか言っている若者に、今の音楽を聴いて欲しいと思っているからなんだよ。知らんけどな。