DISC REVIEW

タイラー・ザ・クリエイター

『コール・ミー・イフ・ユー・ゲット・ロスト』

 

―元迷子は、ルパンになり、なぜ今は迷子の相談員をしているのか―

 

《私たちはどこにでも行ったが、唯一旅していないのは時間だけだ》というようなことを最後の曲“サファリ”でタイラーは言うが、これは嘘だろう。少なくとも音楽においては。

本作の効果音として、電話のベルが何度も出てくる。曲と曲との間が多いが、ほぼアナログのプルルルルという音。この音がいみじくも過去と現在をつないでいる。本作では過去の名曲たちのカバーやサンプリングが矢継ぎ早に流れ、そこにタイラーのラップと歌唱が乗る。だから時間を旅していないのは真っ赤なウソで、過去の膨大な音楽から発掘してきた。“レモンヘッド”の最後にふざけて《すべてのニガは盗むのが大好き》と言っているように。

 

本作のタイトルの意味は“迷子になったら連絡してね”つまり成功者となったタイラーが、迷子になった人たちを救うための作品だ。往々にして救う側の人は、元救われる側だった場合が多い。タイラーもおそらくはそう。元迷子だったタイラーを表す曲を本作から、過去という鍵を元に探してみるが、アナログのベルの近くには見つからない。結局は唯一のアイホーン的な電子音のベルが鳴るスキット“ママトーク”がタイラーの追憶になるだろうか。元迷子だったタイラーは、成功する為に、過去の偉人たちの名曲たちを発掘して、それを元にラップミュージックを作った。つまりそれが俗に言う、オルタナティブ・ヒップホップという手法。過去の時間を旅し、名曲を発掘しては、現在に持ち帰り、再構築して新たな楽曲を作る。その姿はまさに、財宝を盗む、怪盗ルパン的なもの。そこにあるのは確たるロマンであろう。

 

しかし、その怪盗ルパンのロマンも永遠には続かない。タイラーが盗み作りだすものは財宝ではなく、あくまでも音楽である。そして、音楽の価値を決めてしまうのは如何ともしがたく、リスナーであり、オーディエンスなのだ。だからこそ、作る側と聴く側との軋轢が生まれる。その時の思いが語られたであろう個所がある。“ランバージャック”では《いや、もうこのクソには耐えられない、俺はやめる それだけだ、俺はやめる 神に誓ってニガ》と、トラップな楽曲でライム。オルタナティブ・ラップ“マッサ“では《あなたはニガの憎しみ、あなたは私を食べています》、《自分のリソースをチェックしろ、ニガ》と怒りの表現をライム。“ライズ!”という陽性なタイトルでも《お前らのような無能なニガのために、“彼をファック、それらをファック”と叫ぶんだ》と感情を露にする。こういったネガティブなものと対峙し続ける事で彼は疲弊していく。

 

ルパンが峰不二子に狂わされる様、最終的にとどめを刺したのは、恋の三角関係だった。それを描いたのが“ウィルシャー”だ。生のドラムビートとベース、鍵盤の単音、ほぼこれらの音だけを背景に坦々とライムし続ける8分36秒。ここで語られるのはおそらく、バイセクシャルの視点での恋の喪失。そして、タイトルがミッド・ウィルシャーを意味しているとすれば、タイラーの故郷、アメリカ西海岸での敗北劇と読む事が出来るだろう。ラストにその女性の事だろう《君は本の中の一章に過ぎないと思うよ》と冷静に美しく締める、本作の実質的なラスト。

この曲がこれほど映えるための構造が本作にはあると思う。それは女性に対しての想いを歌った“ホワッツユアネイム(訛り)”、“スウィート/ アイ・ソート・ユー・ウォンテッド・トゥー・ダンス”にある、ストーリーの鮮やかさ、サンプリングを含むメロディーの美しさの洪水(日本人にとってはフィッシュマンズを彷彿)。それとの対比によって静謐さが際立ったのだ。

 

タイラーはソレでルパンをやめました(笑)

だから、今は迷子の相談員をしているらしい。

たぶん“サー・ボードレール”の冒頭の《あなたがここで自分の道を見つけてくれてうれしい》は、タイラー自身に向けた言葉でもあるのだろう。最後に、タイラーが迷子の相談員になった本当の理由はというと。“マニフェスト”で語られたように《だから俺は、黒人の赤ん坊たちに、やりたいことをやるべきだと言っているんだよ》そう、つまり黒人の子供たちを救うためなのだ。