ROHITOのロカリロロロ

ロック評論家 ROHITOのブログ

DISC REVIEW

上坂すみれ『ノーフューチャーバカンス』

 

-ロックは本当に死んだのか?-

 

    “あなたがもう忘れてしまったとしても、きっと、次の未来でまた出会える。

わかってしまった世界のことも、きっと散々だって、笑い飛ばすことができる。

だから、思い出して、少しでも前を向いて。

日が沈む前に、こんな夏の話を、終わらせに行こう。”

 「Summertime Record」/『Mekakucity Records』/Jin

 

 もう正直に認めた方がいい、AKB48のメンバーの水着姿はオカズになると、男子諸君は。いや、認めなくてもいいんだが、少なくとも、AKB48は嫌いだけど欅坂46は好きとかいう人を、私は認めない。そもそも欅坂はAKBあってこそのグループなのだ。例えば、AKBがロックだとした場合、けやきはオルタナティブ・ロックみたいな立ち位置だ。だからAKB聴かずして、欅好きを語る方々は、ロックンロールは嫌いだけどオルタナティブ・ロックは好きと言っているのと同じなのだ。(もちろんオルタナティブ・ロック発祥以降の音楽リスナーである私はオルタナ大好き)欅坂がAKBに比べ、アートで前衛的に見えるのは分かる。ただそれはAKBという対象物があってこそのリフレクター。けやき坂の方は音楽として分かるという人は、そもそも錯覚に惑わされているのでは無いか。


   そうそう、2018年7月6日に麻原彰晃の死刑が執行されたらしい。人々はこういう、これでオウム事件が終わった訳では無い、遺族の怒りは収まっていない。またオウムのような事件が起きるのではないかという不安があると。確かにそうだろう。事件はこれで終わりじゃないし、遺族の怒りは一生収まらないのかもしれない。ただ、オウムのような事件はもう二度と起こらないと思う。彰晃の洗脳によって、高学歴の人々が操られて、起こされた事件の数々。もちろんその洗脳の陰には麻薬が使われていたという事実もあるが。バブル景気の真只中に社会人の扉を叩こうとした才能ある若者たちが、全く才能を活かせる舞台が存在しなかった此の時の浮かれた日本に絶望し、その逃げ場としてオウムという所謂宗教団体を選択してしまった。そういう人たちだったのではないかと私は思う。何故こういう事件がもう起こらないと思うかというと、もうそんなある意味で天才たちは2018年には存在しないからだ。


先日オウムの特番がTVで放送されていた。「オウムを終わらせた男」と題して、地下鉄サリン事件の実行犯で唯一死刑判決を受けなかった林郁夫をクローズアップしたドラマだった。林被告は取り調べで、地下鉄サリン事件の実行犯たちの名前を自供し、結果的にそれが彰晃らを逮捕できるきっかけになった。


この取り調べを担当した警察が、このドラマのもう一人の主人公。取調べには長い長い時間がかかり、林被告の告白に辿り着いた。そこに辿りつくまで、この警察は林被告も実行犯の一人だとは全く思わなかったという。それ程、林被告は人間味のある全うな人物だったのだろう。そんな人も少しの過ちで罪を犯す。


林被告を死刑に出来なかったことで警察はこのとき批判を受けたらしい。取調べで手柄を上げた警察は、裁判の前に上司から「初めから林が実行犯だと疑っていたと証言するんだろう」と言われ、それに対して「あんたもオウムと一緒だな!」と答えたという。裁判でこの警察は、林被告が実行犯とは全く分からずに取調べをした、そんな人物には見えなかったと正直に答えた。その証言と、林被告の裁判での罪の告白は遺族の怒りをさらに強めるものでは無かったらしい。結果、林被告は無期懲役の判決を受けた。この警察官はその後、出世をする事無く職務を終えたという。


私は別にこの警察官の行動が正しかった事を提示したい訳ではない。ただこれがまさに日本だ、ということは言えるだろう。社会という集団から除け者にされて入ったオウム。そこから疎外される事をおそれ、起こされた事件の数々。反対に警察という集団から疎外されることになっても自分の正義を押し通した警察官。おそらく日本では前者が多いと思う。

思い返してみると日本という国では「集団からの疎外」をおそれて実行された事柄が沢山あると思う。戦時中に起きた自爆を厭わない特別特攻隊、高度成長期にkaroshiなんて気にせず働き続けた人々、そして、オウム事件の犯人。いじめの加害者たち。昨今話題の働き方改革を訴える一般市民に、話題の、監督からの指示で危険なタックルを行った大学生。


これらは全然違う事に見えて、実は一つの相似形になっている。すべてに共通する因子は、「集団心理への恐怖から起こった事例」なのだ。世間からの疎外、団体からの疎外、友達からの疎外等、集団へ帰結することへの安心感と村八分になることへの恐怖心。日本人が元来持っている特性が悪影響を及ぼし、これらの事象を生み出したと思う。


オウム事件がここまで混迷を極め、今だに解決できないしこりを残したまま終わってしまった。その要因の一つに、この事件の本質的な部分を解決しようとして、奥深く追及しようとすればするほど、人間が本来持っているどす黒く、悪い部分に向き合わないといけなかったからだろう。それは警察、メディア、被害者を含め、すべての人たちがそう思ったのではなかろうか。オウムの悪い奴らを追い詰めようとすればするほど、その裏には私達が常に抱えている人間の弱さという異物がほろりと転がり出てしまったりして、それに目をそむけたくなる。きっとだれもが信じたくないのだ、自分がどれだけ汚れているかということを。


    その解決の糸口として、どうしても、戦後以降の高学歴主義がとか、高度成長期以降のとか、バブル以降のとか、言い訳がましくなる、私自身そう思ってきた。でもなんだか最近そういい難くなってきた。というのもそういった恩恵を受けながら30年以上生きてきた身としてはどうしても申し訳なさが後を引くようになってきたのだ。なんだかなぁ。もちろん集団心理によって引き起こされた事件の首謀者全員を否定するつもりは無いし、集団心理は使い方を間違えなければ、それによって日本の良さが存分に発揮されることも理解している。しかし、日本のいつ頃からか分からないが、“どす黒い渦巻くソレ”が存在して、今もってそれが何なのか分からないみたいな状態が続いている。もちろん目を背けて、見ないようにすれば、別段生活に支障は出ないのだが。でもやはりそれは戦後以降に生まれたものでは無いかという強い確信、戦前も戦争直後も知らない私が言える身分ではないかもしれないが。そういった得も言われぬ違和感のようなものを、色んな著名人の方が言葉にし、表現の中に含めたりしている。


例えば、養老孟司氏が著書で言っていたが、オウム事件が起こる少し前位から、養老氏が相手していた大学生の様子や発言がどうもおかしいという違和感を持っていたという。オウムの事件が発覚して、その犯人たちが何れも高学歴の大学生だったことを知って、その違和感の理由が分かったというようなことが書かれていた。

また、日本のバブル景気の時、小澤征爾氏が海外の飲食店で日本人に会った時の話が新聞に掲載されていた。その当時の海外に居た日本人は自分の自慢話をする輩ばかりだったという、彼はその時このままでは日本はヤバいぞと思ったらしい。


こういった方々の体験からも“ソレ”の存在を感じることが出来る。さらに、“ソレ”自体を表現しようとした作品もあると思う。

まずは、言わずと知れた庵野秀明監督の「エヴァンゲリオン」、また浦沢直樹氏の「20世紀少年」そして、宮部みゆき氏の「ソロモンの偽証」。

これらの登場人物を順に見ていくと。

エヴァそのものが実態の見えない“ソレ”に対しての怒りの象徴のようなものだろう。

20世紀少年に出てくる“友達”というモノ自体が彼等に付きまとっていた訳の分からない闇であり、具現化できない“ソレ”だったのだろう。

ソロモンの偽証の冒頭で自殺した少年、この物語で唯一答えが示されずに残っているのが、この少年の自殺した理由である。それこそが日本が戦後以降ずっと解決できていない問題であり、“ソレ”そのものなのだ。

この三者はいずれも、戦後以降に生まれた、ほぼ同世代の表現者であることも特筆すべき点だろう。この3人が作品で提示した“インテロゲーションマーク”こそが、今も私たちの周りに浮遊している“ソレ”に対しての、表現者としての小さな抵抗、石つぶてだったのではないかと思う。


 “ソレ”に惑わされずに生きればいい。そもそも、“ソレ”は存在しないのかもれない。と思ったりもするが、それでも私は“ソレ”が存在すると思っている。そして、それに対峙するための武器がロックだったらいいなと思うが、そんなきれいごとが通じる世の中はもう存在しないのだろう。特に日本では。

もちろんそれに対峙できるのはロックじゃなくて別の音楽だとは言わない、どこまでいっても、その閉塞感を打破できるのはロックだと思っている。かといって、今の閉塞感を打破できるようなロックが日本の中に存在して、機能しているかと聞かれれば、答えに困る。でも悲嘆はしていない、何故ならロックは何処まで行っても自由であることがロックの大前提だから。今の状態がロックとしてはごくごく普通なのだ。


 冒頭のAKBの水着が云々という発言が今更ながら恥ずかしくなってきたが、もう戻れないだろう。男の性でしょうかという発言するとACのCMか?絶滅危惧種の発言か?と思われてしまうのがオチだろう。そこにLGBTの権利がとかが入ってくるともう訳が分からなくなる。絶滅危惧種の発言として言わせてもらうが、私はリケジョというキャッチコピーがすきじゃない。また林先生が驚く初耳学のコーナー「初耳ピーポー」での新たな女性像的な紹介の仕方も好きじゃない。そもそも女性という部分にフォーカスを絞り過ぎていることに違和感がある。もちろん男女平等であることは正しいのだが、今の状態では日本はまだ男性優位社会であることがまるわかりだからだ。昔、谷川俊太郎氏が言っていたように「本当の平和は平和って言葉が疎ましくなるくらいになってやっと平和と言える」平和にしようと宣言しなくも良い世界が本当の平和だというのだ。だから敢えて女性をクローズアップしなくてもよくならないと本当の男女平等は実現しないだろう。


AKBの話に戻るが、女性にとっての同性のアイドルはどういった位置づけになるのか分からないが、男にとってアイドルとはいつの時代もそういう位置づけになってしまうのではないかという通念が頭の中にこびり付いている。

例えば、戦隊モノを男の子は好きだ。そして、大人になっても観る人はいる。でも成人してずいぶん経つ私はもう観ていない。それにはきっかけがある。大人への階段を上る途中で、ふと、女性の悪役を女として観てしまった時が来た。私はそれが戦隊モノ卒業の契機になったと思っている。もちろん大人になっても全然観て良いものだし、子供と一緒になってみるのは正しい。ただ、漠然としてあるのだ、私の中では。戦隊ものはこういう視点で見るべきだという基準が。

男にとってそういった視点は絶対に消えないし、だからアイドルに対してもそういった視点は消せないと思う。これが芸術性と男の性との戦いでもある。だから私はアイドルの音楽を100%芸術作品としてしか見ていないという男を信じていないし、私は絶対そうなれないと思う。だから、ロックの代りをアイドルは出来ないし、アイドルの代りをロックはしちゃいけないのだ。(ビートルズは最初アイドルみたいなものだったという話は置いといて)ロックにはロックとしての可能性があって、アイドルにはアイドルとしての可能性がある。決してロック=アイドルにならない。弁証法的にロックでも正しくて、アイドルでも正しいなんてことにはならない。


 弁証法的。そういえば弁証法唯物論とか小難しい歌詞を歌っている、上坂すみれの『ノーフューチャーバカンス』という作品を先日聴いてみたのだが...


2018年の日本の音楽シーンには、アイドルと女性声優、アニソンがクロスオーバーしたアーティストの市場がある。その中の一人、上坂すみれの本作は、コンセプトとしては「未来形少女」といったところだろうか。

近年の日本の音楽シーンとつながっている点としては、中田ヤスタカが仕掛けたテクノ・ポップ グループ Perfume以降を感じさせる「POP TEAM EPIC」。初音ミク以降のボカロ、歌い手シーンを、声優という本業色を最大限にマッチングさせた「恋する図形(cubic futurismo)」などだ。

それにしても、語弊のある言い方になるかもしれないが、彼女のようなアーティストは他にもいるはず?と思った。それでもなぜ、上坂すみれでないとダメだったかを考えてみた。


1つ目は、上坂すみれが1991年生まれという点から考察してみると。昔ネットで知り合った17才の女子高生(1992年生まれ)に、平成生まれイイよね。と言ったとき、彼女は「よくないですよ。昭和の方がいいです。平成生まれやからな〜って言われるんですよ、結局。」みたいな返され方をした事を思い出す。

おそらく、個人差はあるだろうが、平成なりたて頃の生まれは、そういう皮膚感覚を持ち合わせているのかもしれない。最近の若者の中には昔の歌謡曲を好んで聴く人が多くいるらしいし。そんな価値観が「平成生まれ」の歌詞にうまくリンクしてしまっている。作詞の松永天馬はそれを知ってか知らずか…

2つ目は、アルバムの全体的な基調になっているダンス・ミュージック。10年代のコンテンポラリーな色を出すためのEDM、トラップなどへの傾倒はあえて避けて、80年代を思い起こさせるようなビートを使うことで、いわゆる昭和的な匂いを彷彿させている。おそらく、そのように狙ってプロデュースしているのだろうが、これが自ずと上坂すみれの昭和への憧れとマッチングしている。

3つ目は、今作の、アイコンとしての上坂すみれのコンセプトは「未来形少女」と言った。しかし蓋を開けてみれば、"昭和育ち"やら古典を好む歌詞やら、80Sのビート感、ニューウェーブなど。歴史的なものへの恋慕に溢れた作品になっている。


近未来の少女という佇まいと倒錯し続けた結果、おぼろげに「ノーフューチャーバカンス」という言葉がステンシルシートを使って書いた文字のように浮かんでこないだろうか。つまり未来に希望を抱きまくっているからこそ近未来少女は生まれ、だけど、もう終わろとしている平成の世に本当の希望は見えなくて、だから昭和に憧れて。でも、そんな自分の時代を愛したいからこそ…

"私たちに明日は無くとも。だから、今こそバカンスなのだ!"

と、そんなことを言いたいのではないか。

ラストのシティーポップなタイトルソング「ノーフューチャーバカンス」は上坂すみれの作詞。そこには彼女の内面の吐露も見られるような気がする。

 

"光 窓辺に 身をゆだねたら

本当の自分が 見える気がするmoonlight  "

" ha 綺麗な時間だけを集めて 閉じ込めたい…

すべては消える砂糖(シュガー)の幻想(ドリーミン)"

 

闇の中だからこそ、光が見えるなんて、耳にタコが出来るほど聞いてきたかい?

歴史上からは昭和も消えない、平成も消えない。       

でも次の未来は、もっと希望が見える世界だったらイイね。

 

DISC REVIEW

シャムキャッツ

『Friends Again』

 

シャムキャッツシャムキャッツでいるために―

 

 シャムキャッツってバンド名になぜ決まったのか、私は知らない。どこかのインタビューでメンバーが質問されて、答えているのかもしれないが…。それをいいことに勝手に考えてみた。“キャッツ・アイ”や“Cats”など、猫がタイトルになることは少なくない。かわいい動物の代表格である名前をバンド名につけるという案は100点満点だろう。ロックバンドのイメージから考えて尚良。


 シャムキャッツが“猫”という名前にギャップを感じる程のロック×2な人達かといえば、そうは感じない。むしろ猫っぽい4人の男と例える方が納得し易いだろう。じゃあ猫みたいなヤツらだからシャムキャッツって名前でいいじゃないか?という風にバンド名が決まったと、私は思い込むことにした。


 2015年のミニアルバム『TAKE CARE』では、さほど猫っぽさは感じなかった。ただ、猫の目線で彼等の物語は紡がれていると感じた。そのスピード感と音楽自体のテンポも含めて、同世代のバンドとはズレている。寧ろ、ずらしていることが彼等のアイデンティティであり、世間に対してのアンチになっていた。その並々ならぬ努力の結果、シャムキャッツは存在しているのだと思う。


 今作では「Funny Face」の歌詞に猫が登場した。正に猫々しい作品。シャムキャッツというバンド名に相応しいアルバムになったと思う。でも、これから猫っぽさ全開で突き進んでいくわけでもないだろう。かわいい娘を可愛い猫と喩えることは言わずもがな。彼らはいずれ、バンド名の本当の意味を語ってくれるのかもしれない。少なくともそれまでは、作品を片手に想像してみるのもいいだろう。


 “もう一回 ふざけたら ただじゃ おかないよ”と去勢された元オス猫は言う。でも彼は「元ではなく今もオス猫だ」と言い張っている。それは当たり前なんだが…。男が男でいることの難しさを抱えた同世代の想いを、このバンドは代弁できているのかもしれない。そんなシャムキャッツの戦いは終わらないし、これからが本番なんだろう。

 

DISC REVIEW

踊ってばかりの国

『君のために生きていくね』

 

―消えた玄人と増え続ける素人―

 

日本では玄人が消えていき、素人が増えてきている。それは色んな職業の人の現状を見ればわかる。汚職刑事や教師の犯罪。本来プロでなければいけない人たちが、プロとしてあるまじき行為をする。そういうのが日常の出来事になってしまった今日この頃。そしてロックミュージシャンもご多分にもれず、玄人が消えてきているようだ。職業としてのロックミュージシャンが増えてきていると思う。それも正しいし、間違ってはいない。職業の選択肢が増えることはいいことだ

 

そんな中であくまでも、生々しいロックミュージシャン像を体現し続ける一人が、踊ってばかりの国の下津光史だ。

 

今作で生々しいロックミュージシャン像が顕著に表れている曲が何点かある。まずM1「Boy」で描かれる古典的なロックの価値。“パパとママにはずっと内緒だぜ”の代名詞が消えて、幾年が経つだろう。ロックの持つ懐かしい風景を見せてくれる。M15「プロテストソング」はロックの根源的なパワーを象徴する曲だ。下津のシャンソンのような歌い出しから、一気にバンド・アンサンブルが渦巻いていく。ここで歌われている政治的抗議は、社会によって奪われた“友”への悲哀と捉えることができるだろうか。それに対して「無償の愛」をささげられるのもロックの醍醐味である。最後はボーナス・トラックでもあるM16「美しい春」。ワルツの調べと共に、ロックの究極のスタンダードであり、今なお色あせることの無い“半径5m以内に存在する人への愛”を提示する曲で締めくくられる。

いかれた奴が正しい奴だとは言わない。でも『君のために生きていくね』のような本当のロックを歌えないロックミュージシャンは、即刻リングから降りてもらいたいとも思う。

 

まあ、でも、これを書いている私も素人なので、即刻退場の憂き目に遭うことは火を見るよりも明らかだろう。

 

 

DISC REVIEW

ART-SCHOOL『In Colors』

 

―パラダイス・ロストの次の景色―

 

ふと3rdアルバム『PARADISE LOST』を思い返す。本作は、これの次に鳴るべき音だったんじゃないかと思った。2005年はアートが自身のバンド・サウンドに、音響系やダンス・ミュージックを取り入れた転換期だった。以降その側面は、オルタナティブ・ロックの一つの色として、ずっとアートに息づいてはいたが、その音楽的な傾向を活かすような、陽性でポップな作品は生まれてこなかったと思う。

 

それが、バンドが現体制なって数年が経ち、木下理樹以外のメンバーが徐々に作曲に参加し始めた結果、失われた楽園の向こうの景色が見えるような本作を生み出せたのだろう。特に作曲が共作の楽曲を見てみると。M1,2,5は戸高賢史との共作で、ポップでテンションの高い楽曲。M3は藤田勇との共作で、ダンスロックな楽曲。それに後押しされたか、元々持っていたか、木下理樹単独の曲もロックの持つ陽性なポテンシャルが感じられる楽曲となっている。

 

先日見たツアーでの演奏でも、その傾向は、はっきりと出ていた。ライブの中で、アートのメタルな部分、音響系な部分とダンス・ミュージックな部分が明確になり、バンドに多彩な色を与えていた。

まさにカラフルな楽園を描けたのだと思う。

 

COLUMN

『ネットの恩恵と代償が、僕たちと音楽の繋がりをどう変えたか』

ー 2015年6月28日 ー

先日、美容室に髪を切りに行った。その時、RADIO HEADを好んで聴いていたという店長が、「あの頃と(90年代)比べて、今の音楽って全然変わりましたよね~」とそれに対して僕は、とりあえず「そうですね、やっぱり90年代後半にロックにヒップ・ポップが取り入れられてから、ロックの形も変わってきたんじゃないですかね。」と切り返した。帰ってから、ふとその会話を思い出してみた。なんかしっくりこないのだ。何か、ロックが変わる、それ以上に音楽に変化を及ぼした何がしか。

そうだ、インターネットか…。Windowsが日本に上陸して、ヒジネスや人々の暮らしに入り込んできたのも90年代だった。僕の場合、その時期は小中学生の時期と重なる。小学校の卒業文集に将来の夢はパソコンを使う仕事とか適当なことを書いていたのを思い出す。それは、予言なんかじゃなく、単にそういう時代の始まりだっただけで深い意味は無かった。
そんな僕は社会人になり、ある人生先輩の言葉を聞くことになる。いわゆる、団塊の世代の方で、彼は、「Windowsに日本が侵食されたんや」と言った。まぁ、オヤジの単なる愚痴に聞こえるが、妙に僕の心に引っかかるものだった。

インターネットの普及はYouTubeを含め、音楽ビジネスに大きく影響を与えたのはもう承知の事実。そこを開けば、どんな時代のどういうジャンルのどこの国の音楽だって聞きかじることが出来る。なんて便利な時代なんだ!最高だね。
でも本当にそうなんだろうか。莫大な量の曲が詰め込まれた、おもちゃ箱とも言えるネット。その中では、ロックやポップやクラッシック、ジャズ、レゲエetc.全てが同じ枠の中に並べ連ねられている。さぁどれを聞こうか?

でも、やっぱりガイドラインが必要なってくる。選択肢が多すぎるからだ。その充足は満足に繋がらず、寧ろ満たされない、無機質感を与えてくる。昔はラジオのDJが曲を伝える一瞬が大事だった。聴き逃したり聴けたり。それは瞬間の事柄。また雑誌などは、ディテールに踏み込んだ考察。知識。その媒体は通常、月一に読者に伝わる。そんなメディアが音楽を伝えることを担ってきた。
でも時代は流れ、乗り物は電車から新幹線へ、電話はアナログから光へ。全てのスピードは速くなり、それは便利を追い求める人間にとっては当たり前の進化だったのかも。情報も遅くては意味を無くして行った。

音楽の情報サイトもネットでは次から次へ新しいものが。その中で最もネットの音楽サイトで勝者というべき、アクセス数が多いのが「音楽ナタリー」だという。最新の音楽関連情報を最速でアップする行為、それがネット上では一番有効だったということだろう。言うなれば、そこには、音楽アーティストの個性や、優秀かハイプかというニュアンスや切り口は存在しない。そのミュージシャンの情報を知りたいというニーズさえあれば、そこにニュースを流す価値があるのだ。つまりは受け手側の特異な趣味趣向やこだわりには一切配慮はしない。ある意味ボーダレスなのだ。一つの枠にアーティストとニュース内容が時系列的に流れていく。情報という無機質感、ただ知りたいことを得られるならそれで十分だとは思う。ある音楽ファンも、ナタリーには情報以外のそれ以上のものは求めていないと言っていた。

そのアーティストのディテールを深く知りたければ、ロッキング・オンを熟読すればいいのだ。そこまで探求する気が無ければ、それ以上深入りしないだろう。おそらく今は後者の人が多いのではないかと思う。でなければ、もっとロックをロックらしく捉えようとする人が増えてくるはずなのだが。
音楽ナタリーの方法論は、Amazonに似ていると僕は思っている。
Amazonがネット販売サイトで一番勝っている一つの理由は、注文してから届くまでの速さである。それを可能にしているのが、保管している棚での商品の並べかただという。通常の分類の仕方であれば、家具は家具でまとめて置くだろう。でもここでは、A、B、C…とアルファベット順に並べているのだ、例えるならアンティークでもあんこ餅でもAだから同じ列に並べるのだ。
これ、ナタリーに似ていますよね。
アイドルだろうがゴリゴリのデスメタルだろうが、自然破壊撲滅を訴える似非宣教師の歌でさえも、同じ枠の時系列の中の一行の情報として落とし込まれ流れていく文として成り立っていくのだ。

このようなネットを使用したビジネスで勝利しているシステムは、およそ海外的な方法論によって成り立っている。ISO(国際標準化機構)9001という品質マネージメントシステムがあり、今の大企業は殆どISO9001の認証を取得している。簡単に言えば、これに認定されている会社は、しっかり品質管理のされた工場から商品を出荷出来ているといえるのだ。このISO9001はヨーロッパから発祥したもので、管理方法はヨーロッパ的な思想から生まれたものだ。実はこの方法論は日本人的な感覚とは少し違っている。それがよくわかる一つの話がある。まず、ここに”牛”と”猫”と”草”を描いた紙があります。この三つをどうグループ分けしますか?という問いに対して、ヨーロッパ人と日本人では区別の違いが出てくるという。ヨーロッパ人は”牛と猫は動物だからこの2つをくっ付けます。”という。でも日本人は”牛は草を食べるからこの組み合わせだ”と考える。管理という面から考えたとき。前者の考え方がシステムとしてうまくいく。これがISO的な考え方だ。日本人が後者のような考え方をするのは、元々僕たちはそこに物語性を作り出す、日本人的な感性、侘び寂びのようなものを含め物事を捉える。それが時にビジネスの中ではネックになることがあるのだ。

何故この話を引き合いに出したかというと、僕が考えるに、ヨーロッパ的な思想の元にしたのが現在のネット音楽サイトだとするなら、日本人的な思想を含んでいるのが、ロッキング・オン(アーティストの深層に踏み込んだもの)だと言えるのではないかと思ったからだ。世間では、今ネットの音楽サイトは商業的に見て成長株だ。逆に詳細な見解や物語性を内在した雑誌は、古株扱いといえるかもしれない。
確かにそうなんだ、僕たちには時間がない。そんな悠長なことを言ってる暇もないから懇切丁寧な文に目を追わせることも億劫になるのだろう。いつの間に社会はこんなにも先を求めて速さを競い、成果主義が闊歩するようになったのだ。

でもネットという最大級のおもちゃ箱が生まれたことによる恩恵もある。音楽を演る側にとっては膨大な音楽ライブラリーは平等に与えてられているのだ。そこからの抽出する音楽エキスの組み合わせも無限だ。
またボーカロイド音声合成技術)によって、音域の範囲なども不可能を可能にした。そこから音楽活動を開始した、じん(自然の敵P)や米津玄師は、正に既存の音楽ジャンルの垣根を全く気にしないアプローチで、日本の音楽シーンに一石を投じている。つまりはネットから選びだす感性によっては、摩訶不思議な音楽を生み出すミュージシャンだって生まれておかしくないのだ。
もちろん僕はミュージシャン達の物語を、これからも深く追い続けたい。ネットの恩恵と代償を受けた音楽シーンがどの様に変わっていくか不安と楽しみがない交ぜになった状態。2015年にそんな思いに駆られている。

杞憂かもしれないけど3.11以降、音楽ビジネスの形も大きく変わった。ポップ・ミュージックは芸術的な側面ももっているが、やっぱりモンキー・ビジネスであり、人間の関係性無くしては、いずれ何もかもが枯渇してしまうだろう。音楽だけは残るだろうが。
僕は憂いているのだ、馬鹿だからかもしれないけど。ロックのあり方、ポップ・シーンの未来とかに不安を感じている。
今僕達は、音楽といつでも繋がれるYouTubeなどを通して。友達にいつでも連絡出来る、LINEを通して。知らない誰かといつでもコミニケーション出来る、SNSを通して。
いつでも…だからこそ遠くに感じてしまうこともある。

昨年、村上春樹の『ノルウェイの森』を初めて読んだ。登場人物に主人公のワタナベ君と、直子、緑という二人の女性が出で来る。簡単にいうと複雑な恋愛を主軸に置いた物語だ。時代背景的に、そこにネットは無い。携帯電話も無い。話の中には、寮の電話にかけてくるというシーンがある。彼女の話を聞くために電車を乗り継いでまで行く。そこには繋がるために必要な圧倒的な距離がある。だからこそ、それを乗り越える意味があるとも言える。今なら、LINEで24時間、嫌でも繋がれる可能性だけは落ちているのだ。
僕たちと音楽の関係もそうなってきてるんじゃなかろうか?ネットを開けば1日中音楽と繋がれる。でもそれが本当に自分にとって必要なのかはわからないわけだ。無い物ねだりだとあなたはいうのか?
”僕は今どこにいるのだ。”ワタナベ君がラストシーンで心の中で呟く言葉。正に僕たちは今この主人公と同じ状況じゃないだろうか?
ネットという音楽の樹海に僕たちはただ立ち竦むしかないようだ。少なくとも、飽きるほどに聴ける音楽は泉のように湧き出ている。それはあなたが望むポップ・ミュージックであるかはいざ知らず。

ネットが与えた恩恵は選択の自由だ。僕たちは沢山ある音楽の中から自分の感性で、選び聞くことが出来る。だからこそ人に合わせるのでは無く、自分で選ぶことが一番大切なのだ。一方でネットが与えた代償は莫大な量の音楽を一つのハコに入れジャンルや有効性の区別などせず、横一列に並べ、平準化し区画整理したこと。その中から自分だけの希望を見つけださないといけないことだ。

どんな音楽とでも、ずっと繋がっていられる、確かに嬉しいことだ。でも音楽だろうが何だろうが、瞬間の巡り合わせっていうのも大事だと僕は考える。人との出会いだってそうだ。出会い系サイトというのがあるが、それについてアホなことを想像したことがある。この人工的な出会いが増えることによって、超自然発生的な出会い少なくなる説を唱えていたのだ。若気の至りだと思うが、それと同じようなことを音楽との出会いにも当てはめて妄想してしまうのだ。
いつでも出会えるなら、ずっと出会わなくてもいい、そんな選択肢だって出来てしまう。
でも、どんな状況になろうと音楽が好きなら、その運命的な出会いを模索し続けるだろう。この人間味のない密林地帯で。そうするしかない。

あなたはこう言うかもしれない。「音楽だけは生き残ると」
それだけが救いなのかもしれない。

COLUMN

BUMP OF CHICKEN
『世界でひとつだけのRAY』~バンプから貴方へ~

ー2014年7月6日ー

すべての始まりには闇がある。その闇か抜け出す為には、道標となる光が必要になり、人によってそれは音楽だったりする。思春期特有の絶望感は、誰でも少しは体験するもので、それが公私共に含まれることであれば尚更どんよりとした大きな雲が心の中を覆っていく。僕はもがき続け、抜け出そうとする中で、バンプの「ランプ」という曲に出会った。音楽が好きであれば、誰でも一つはそういうバンドがいると思う。僕にとってそれは、バンプだった。言うなれば、社会人になる前に出会った最大のバンドだ。

こういう時期は、「夢を追う」ことについて、誰もが一つのターニングポイントを迎えると思う。僕は、バンプと出会ってからずっと夢を追い続けている気がする。その行為は自然と彼らの音楽を聴く行為とリンクしてしまう。否が応でもそうなってしまうのは皆さんも分かって頂けるとは思う。でも、その行為を永く続けていくと、少し怖くなってくる。なぜかとうと、

「魔法の料理~君から君へ~」の

“君の願いはちゃんと叶うよ 怖くても よく見て欲しい これから失くす宝物が くれたものが今 宝物”

という歌詞が、僕の心に深く突き刺さる。夢を叶えるということ、願いを叶えるとうことは、それと同じくらい大きな何かを失うことでもある。それを受け止める覚悟があってこそ、夢を叶えられる。というメッセージになっているからだ。おそらく夢をあきらめたくない人はバンプを聴くと僕は思う。この構造は、いうなれば「正のスパイラル」だと思う。夢から逃げない姿勢がバンプを聴くという行為に向かわせ、バンプを聴くとやっぱり夢を追いたくなる。それが良いのかどうかは別だが、僕はバンプとそんな関係を続けてきた。

彼らと出会ってから、14年が経った今年、通算7枚目のアルバム『RAY』が届いた。(希望などの)光、という意味をもつタイトル。今作は今まで彼らが提示していた光とは一線を画する「光」が提示されている。

表題曲「RAY」の
“大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない”“大丈夫だ この光の始まりには君がいる”

という歌詞から、僕はすぐに「天体観測」の一節を思い出した。

“そうして知った痛みが 未だに僕を支えている” “ 「イマ」というほうき星 今も一人追いかけている ” 

こう歌った藤原基央、彼自身の中にも痛みの根源があったのだろうし、もちろんそれは僕にもあった。すべての出発点には、その痛みがあった。そう、バンプと出会った僕たちは、この最初の代表曲と共に光を探す旅に出たのだ。それは同時に涙の根源「涙のふるさと」を探す旅でもあった。 

ーーバンプのインディーズ時代のアルバムに『FLAME VEIN』と『THE LIVING DEAD』の2作がある。この作品は、当初バンプの強い部分と弱い部分を表したものであるといわれていた。前者が強い部分、後者が弱い部分を映し出している。後者の作品の歌詞に含まれる物語には、涙の音を探す旅人が登場するが、これは当時の藤原基央が求めていたアーティストとしてのあり方、悩み葛藤する人たちを救う為のロック、その全てを体現する人物像として描かれた偶像だったと思う。それと相反する人物は「Ever Lasting lie」の曲中にいる「夢を掘る人」だろう。夢という見えない何かを掘り続けるバンプの4人と、それに共感した僕らリスナーは、ひとつの大きな渦となっていった。それでも僕らは「それ」を探す旅をやめることは出来なかったのだ。

その後、バンプはメジャーデビューを果たした。それは一つの光を手にする行為だったと思う。でも彼らは彼らのまま、変わらず、染まらず、「イマ」というほうき星を探し続けていた。それは何故か、理由は彼らが歌っているように「ここで手にした“輝かしいどうのこうの”」よりも「それよりも輝かしい あの日」が圧倒的に藤原基央を支えていたからに他ならない。後年、バンプは『COSMONAUT』で、その追憶について歌ってくれている。

メジャーファーストアルバム『jupiter』でバンプという存在を知らしめた彼らはその後、少しの模索時期に入っていたと思う。そう、「オンリーロンリーグローリー」に辿り着くまでに。自分たちだけが掴むことの出来る栄光を目指す旅が新たな始まりになった。大作『ユグドラシル』の中で、マスターピースといえる名曲「ロストマン」は藤原基央の現在地が色濃く反映された曲で、そこで歌われた~失ったもう一人の自分~について、彼の物語で最も重要なことが語られたと僕は感じた。

バンプは突き進みながらも、彼はずっと、もう一人の自分との距離を確認しながら歩み続けていた。
そして、長い叙情詩が最後の1ページを刻んだのが『Orbital period』だった。「メーデー」で歌われるように、彼らはひとつの存在になった。つまりそれは、強い自分と弱い自分が、遂にひとつになることが出来たということなのだ。これは、前作にある「太陽」という曲でお互いの繋がりを拒んだ光と影、つまり2人いた自分が、ようやく結合することが出来たのだと思う。

彼の歌詞をずっと追ってきたひとは、すぐに察しがついたかもしれないが、メジャーデビューシングル
「ダイヤモンド」で歌われた
“弱い部分 強い部分 その実 両方が かけがえのない自分”

という歌詞に繋がっている。この曲はある意味、藤原基央が彼自身の言葉として訴えたかった、所信表明のような歌詞であるが、ここに、そこから始まるストーリーのハイライトが紡ぎだされている。
物語は名曲「涙のふるさと」に戻り、涙の音を探して旅を続けてきた旅人は最後に自分の涙の音に行き着く。そこで彼は過去の自分と向き合い、交わることができた。この瞬間、物語はエンドロールを迎えた。

涙で始まり、涙で終わる物語。その中で最も重要な曲は、このアルバムの実質的なラストの曲「arrows」で繰り広げられる、リュックサックのとりかえっこだ。ここで表されているのは、今の自分と一度は引き裂いたもう一人の自分が、お互いの距離をおきながら、旅を続けて行く中で、背負ってきたもの、それを交換したとき、初めてそれが価値のあるものであることがわかる。そこにバンプの哲学が生きているのだ。

これは、「ここで手にした“輝かしいどうのこうの”」と「それよりも輝かしい あの日」が常に天秤に掛けられ、シーソーゲームを繰り返してきた事柄に最終的なピリオドを打った藤原基央の人生訓だともいえる。

壮大な物語が、エピローグを迎えた後、届いた「宇宙飛行士への手紙」

最初の歌詞にある 、
”踵が2つ 煉瓦の道 雨と晴れの隙間で歌った 匂いもカラーで思い出せる 今 が未来だった頃の事”

最後の、
”踵が4つ 煉瓦の道 明日と昨日の隙間で歌った 全てはかけがえのないもの 言葉でしか知らなかった事”

これは、確かにいたもう一人の自分と、 途方もない距離をとっていた、今の自分が交わり、一人の自分になった事、そういったことについて、現在の藤原基央が自身に向けた、アンサーソングだったのだと思う。

それを含めた『COSMONAUT』過去にあった色々な物事が描かれ、そのすべてが藤原基央の過去を彩るものへの答えになっていた。それを聴いた僕の中にも自分自身の思い出があり、それとリンクしていったとき、どうしようもない気持ちと溢れ出す感情が抑えきれなくなる。そこに僕は、幾億年も続く、宇宙を感じていた。

それから3年の月日が経ち、リアルな僕らの世界にも色々な変化があった。そんな中届けられた『RAY』、バンプのひとつの物語が終わったあと、彼らは何を伝えようとしたのか。それはBUMP OF CHICKENが一つの光そのものに、つまり闇の中の道標、灯台になることを決意した、そんな作品だ。当然これまでも、バンプは僕たちにとっての光のような存在だった。しかし、彼ら自身は、バンプバンプである理由をずっと探していたようだ。そんな結実したテーマがバンプを、ロックバンドとして今までの何倍にも、飛翔させているのだ。本作でもやはり印象的なのは、「ゼロ」だろう。

”迷子の足跡消えた 代わりに祈りの唄を そこで炎になるだろう 続く者の灯火に 七色 の灯火に”

ここまで圧倒的な決意の言葉を僕は聞いたことがないと感じた。迷子だった彼らは、何かを見つけ、迷子じゃなくなった。その彼らが今、迷子だと感じている人たちを救える”七色の灯火”になろうというのだ。それがバンプ藤原基央のゼロ地点、新たな出発点を示している。貴方が望みさえすれば光る。

「ランプ」で
”君が強く望みさえすれば 照らしだそう 温めよう 歩 くタメの勇気にだってなるよ”

と歌われる。そう自分自身に問いかけ、進んできた今、バンプがその予言通り、情熱のランプ、ハートのランプそのものになった。
~情熱は約束を守る~FLAME VEINのCDの帯に書かれたこの言葉を皆さんご存知だろう。バンプはその言葉通り約束を守った。それはもちろん自分のタメでもあったと思う。

生あるものは、いずれ死ぬ。ひげじいは、いなくなり、王様は動かなくなり、ガラスの眼をもつ猫は☆になった。「花の名」の歌詞にあるように、

”生きる力を借りたから 生きている内に返さなきゃ”

これ程ま でに尊く、同時に重い思いを、僕だったらどこまで保つことが出来るだろうか?わからない、としか今は言えない。

大切な人が死んだ時、星になったと喩える。誰かを救うためには、何かを代償にしなくてはうまくいかない、それがこの世界だろう。
だからこそ僕らは自分自身のタメに望んだ方向に進まなくてはいけない。僕だけが見える光の方向へ。バンプはその大切さをいつも気付かせてくれる。

今こそ自らが望んだ ”RAY”に向かって進むしかない。
いつか、貴方自身が誰かにとっての『それ』になり得るまで。

LIVE REPORT

BUMP OF CHICKEN

『TOUR 2017―2018 PATHFINDER』

inさいたまスーパーアリーナ

 2018.2.11

―4人が探検者になった日と私たちがそれを目撃した日―

 2017年から2018年にかけて行われたBUMP OF CHICKENのツアー『FATHFINDER』ファイナルを観た。チャマの発言にもあったが、今回のツアーはメンバー言い出しっぺのツアーだった。アルバムを出したからツアーを行うという、いわゆる定例的なものでなく、彼らが今この時にツアーを行いたいと思ったことが出発点だった。おそらく彼らはこのツアーをする必要があると感じたのだろう。そして、それは必然的でもあったと私は思う。
    いうなれば、このツアーは彼等の歴史を遡る意味もあった。藤原基央がMCで連発していた発言「チャリンコに乗っていた時代から」。そう、藤原がチャリンコに乗って、メンバーが集まって、バンド活動を始めた、その瞬間がすべての始まりだった。

    たまアリ当日。開演前のBGMはトラップミュージック、そして、ケンドリックラマーのラップが選曲されていた。こういった曲たちも今のバンプの音楽に影響を与えていると言える。正に今のアメリカの中心的な音楽、つまりアメリカの王道と言ってもいい。そしてバンプも、もう日本のロックの王道に至ったと言ってもいいのではないかと思う。
    彼等のアルバムを簡単に振り返ると、インディーズ時代の2枚。強い自分を表したと言われている『FLAME VEIN』と弱い自分を表したと言われている『THE LIVING DEAD』。メジャー1stアルバム『Jupiter』は彼らの原点。コンパスの北の印と同じく、どの方向に向かおうがその位置だけは変わらない、くさびのような作品。2ndアルバム『ユグドラシル』はその時の彼等の現在地を示すもので、“旅人”が失われた思い出と、もう一人の自分を探す旅を予兆する作品だった。3rdアルバム『orbital period』は“旅人”が失われた思い出への帰還と、もう一人の自分との再会を描いた作品であった。4thアルバム『COSMONAUT』は彼等のアルバムの中で最も特異な作品で、藤原基央自身の追憶と共に『ユグドラシル』や『orbital period』の物語が始まる前を語ったエピソード1的な側面を持ち、それを現在地と繋げる意味を持つ作品だったと思う。5thアルバム『RAY』は藤原基央が一つの結論に至った作品。バンプの音楽が誰かのための灯台になると宣言したアルバムだった。そして、6thアルバム『Butterflies』は、その誰かのために光になったバンプ自体が藤原基央たちの元を巣立った瞬間を描いた。その時パンプというバンドは名実ともにみんなのバンプになった。そして長年描かれてきた“旅人”の存在もこの時消えたのだと思う。おそらくこの瞬間、バンプという存在を作り上げてきた、fuji×CHAMA×HIRO×HIDEの4人がその世界の新たな探検者となったのだろう。

     このツアーファイナルと『Butterflies』の時との違いが一つ感じられた。前者は、もちろんレコ発ツアーだったという側面もあるが、「虹を待つ人」「ray」「Butterfly」をハイライトに持ってくる事で、歌詞と旋律の持つエモーショナルな側面、体にモーションを駆けてくる電子音と祭典を彩るレイザービームが、幸福感を与える空間を作り上げていたと言える。
    おそらくこれらは、光を待つ人のためにバンプが光になり、巣立っていった瞬間を演出したものだったと思う。つまり、そこには闇が確実に存在していて、だからこそバンプという光が見え、それを私たちは希望だと感じることが出来た。結果、感情を動かされっぱなしにされるのだ。
    後者では、エモーショナルな側面が少し影を潜めていた。彼等が作り上げた演出は、それよか力強いものにすら感じられ、選曲もその特長が出ていた。ラスト前の2曲が顕著に表していたと思う。藤原基央が発言していたように「今までは自分自身の曲を書いてきた、自分のために曲を作ってきた。他の人のための曲なんて作る必要はなかった。でもバンプにも誰かのための曲が出来た、みんなに歌ってもらうための曲ができた。一緒に歌ってほしい」という風な力強いMCと共に「虹を待つ人」が演奏され、サビでのコール・アンド・レスポンスが生まれた。続く「fire sign」でもバンプ4人の演奏とオーディエンスの合唱が続き、その対話は長丁場になった。紛れもなくそれは、この会場で4人と私たちがバンプの曲を作り上げていった瞬間であったことは確かだろう。
    本編ラストは「リボン」。“嵐の中をここまで来たんだ”という歌詞が歌われる。だからこそ、ここまで来れたのかもしれない、とふと頭をよぎる。
    アンコール途中のチャマの発言が興味深いものだった。彼はこのツアー前、もの凄く調子が悪かったらしく、そんなときもメンバーやスタッフの励ましで何とか前に進めたという。たぶん、今回のツアーの意味は、ありふれた言葉になってしまうが4人の絆を再確認するためのものだったと私は思う。えっ。いまさら?ってなると思うが。だって「リボン」もそんな曲だった。この曲が出来たことがバンプの新章の始まりで、その続きがこのツアーにあったのだろう。
    冒頭にも、パンプはもう王道のロックバンドになったと言った。しかし、彼等はずっと王道でない自分たちと向き合ってきたバンドだったと思う。でも藤原基央が作り出す美しい曲たちによって、自ずとバンプという存在は巨大化していき、王道というのに相応しいバンドに至った。いうなれば、今回のツアーは、その巨大化したバンプという存在自体に4人が向き合い、対峙していくためのツアーだったのではないだろうか。この日がツアー最終日で、バンプ結成22周年目のまさにその日だったということもあるかもしれないが。メンバーが抱き合ったり、スキンシップしたり、お互いを確かめ合う仕草がいつもより多かった気がする。
    音自体は、エモーショナルより力強く。その反面、メンバーMCでの本音っぽい吐露は、いつもより多めだった気がする。チャマの最後らへんの発言で他にも興味深いものがあった。このツアー前にもうほんとライブやりたくない!って時があったという。でもツアーが始まるとやっぱり音楽の素晴らしさや奥深さにまた気付かされたとのこと。そして、こうやってライブのステージに立てていることや、リスナーがバンプの音楽を聴いてくれることや、ツアーにこうやって足を運んでくれること。そのすべてが“あたりまえ”には思えなくて。という感傷的な発言をしていた。

    そうなのだ。すべて、普通でない事が奇跡的に繋がり、続いてきたのがバンプの物語なのである。そしてそれが続いていることの幸福感を携え、私たちはツアーに足を運ぶのだ。
   4人はこのツアーでお互いの気持ちを確認し合えた。そして私たちはそれを目撃できた。それが最大級の収穫であり、その記念撮影の行われた日付の一つが2018年2月11日だった。
 チャマが語った弱音のような思いは、巨大化したバンプの物語を続けるという、とてつもなく大きなプレッシャーを跳ねのけようとしていたメンバー4人共通の想いだったのかもしれない。
    藤原基央自身も、バンプが次に進む事が出来るかを、このツアーで確かめていたのかもしれない。インフルにかかってしまったのも、そのプレッシャーが原因だったとか。杞憂だが。最後に彼は「バンド続けていてよかった」というアンサーを口にした。その答えが全てだった。バンプの物語はまだまだ続く。そう思わせてくれる瞬間だったのだ。
    最後に藤原基央がギター1本で聞かせてくれたワンコーラスだけの新曲。「手」や繋がりを彷彿させる歌詞。そこには音楽を続ける理由のようなものが滲みでていたように感じた。彼の息づかいにはエモーショナルな響きが消えないまま残っていたように思う。