DISC REVIEW

テイラー・スウィフト
『Midnights』


テイラー・スウィフトジャンヌ・ダルクにならずして何になる?の段ー


この作品によって明白になったのは『1989』が不本意に手に入れた栄光だった事と『folklore』が予め定められた栄光であった事だ。カントリーソング・シンガーからEDMに乗りポップスターへ変身したストーリーや、フォークソングとウィスパーボイスによって生み出された、アメリカが求めるシンガーのあり方を提示して手に入れた成功。それらは何者かによって作られたアメリカンドリームだったのかもしれない。《The one I was dancing with in New York, no shoes》(あたしが踊っていた人、NYで靴を履かずに)「Maroon」の歌詞から靴を履いていないのは死人を意味するとすれば、あの時、本当のテイラーはそこには存在していなかった。

では本作が先述の作品らと全く違うものになっているかというと、そうでは無い。『1989』を引き継ぐように1曲目の「Lavender Haze」はEDM全開で始まる。ただ作品タイトルの如く、陰の側面をたどる様に作品は進んでいく。それが結果的にシューゲイザーやインディー・エレクトロニックに近しいものになっていて、そう考えると「folklore」が今作の瑞々しきインディーロックへのガイド役になっていたとも言えるだろう

1950年代以降のアメリカ映画に観る価値のあるものは無い。《The 1950s shit they want for me》(1950年代の出来事があたしには必要なの)「Lavender Haze」の歌詞を見て、ある著名人の発言を想起した。おそらく1950sには古き良きアメリカが存在していた、もう取り戻す事の出来ない大切な何かが。そう言った意味では古き良きアメリカ像を体現するシンガーの代表であるラナ・デル・レイがフューチャーされた「Snow On The Beach」は懐かしき美しさを表す秀逸曲となっている。テイラーが取り戻したいものって何なんだろ。

最後に、何故『Midnights』という題名なのか。確かにラベンダーの靄のように何かの幕に覆われた作品風景。例えば、丑の刻にはいつもは気にならない音が気になったりするように。本作においても、美しきファルセットボイス、くぐもった歌声、歓声、《nice》というキュートな声などが暗闇の中で特徴的に鳴る。《'Cause I'm a mastermind》(だって、あたしは黒幕だから)「Mastermind」でテイラーはこの恋愛は全て私が仕組んだと歌う。これを自身の成功物語は全て私が首謀者だと読み替えてみると、私が黒幕という告白こそタイトルの意味に相応しく思えてくる。

もう少し考察してみると、その告白は本当の黒幕をあぶり出すためだったとしたら。おそらくテイラーは自身を黒幕にしてでも、早々にこの不毛な争いを幕引きしたかったと考えられる。何故なら、彼女はアメリカにおいてのジャンヌダルクになるつもりは無いからだ。有り体に言えば、テイラーは普通の女の子に戻りたいという事になるだろうか。それは『folklore』の時から変わっていないと思う。ーーー古き良き1950sのアメリカに想いを馳せるってすごく真っ当だと思う、今32歳のアメリカ人女性にとって。しかし実際にアメリカにおいての黒幕をあぶり出せたとしたら…本当の戦いはこれから始まるのかもしれない。