DISC REVIEW

ROTH BART BARON

『極彩色の祝祭』

 

―不確かな言葉から意味のある言語を作り出すための絶望―

 

ロックとは不確かな言葉から意味のある言語を作り出す行為でもある。

その顕著な例がレディオヘッドの『キッドA』だった。ロックの既存のフォーマットを脱し、エレクトロニカに不確かな言葉を投影し、新たな言語を提示した。

ROTH  BART  BARONの本作は日本版 「キッドA」だと言っていい。彼らの場合、アコースティックであり電子音楽的でもあるが、どちら側にも音の洪水が生まれ、聴くものを巻き込む。その渦の中で三船雅也が重要な歌詞を歌うが、音の波に浮き沈みして、真実が掴めないまま進む。この確信犯的な方法がこのバンドの特徴だ。

本作でそれを表しているのは「ひかりの螺旋」と「King」で2つは対極にある。先に遺伝子レベルの繋がりを感じさせ、後には何の繋がりも無い君を信じるという。どちらも必要だからこの表現になるのだ。

レディオヘッドとの共通点は新たな言語を生み出すための絶望を歌うこと。つまりは絶望を歌えたから『極彩色の祝祭』を伝えられたのだ。