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ロック評論家 ROHITOのブログ

LIVE REPORT


京都音楽博覧会 2016 in梅小路公園によせて

―よあけまえとよまいごと―

 2016年9月18日、京都の天気予報は雷雨だった。私は京都音楽博覧会(以下音博)に向かうため早めに最寄り駅へ。馴染みの駐車場が何気に終了していたというハプニングに見舞われたが、なんとか別の場所に駐車できた。そんな泡食わされ気持ちで歩いていた時、駅の反対側から、バンドTシャツにゴスロリ風のスカートを穿いた、いわゆるバンギャル的な子がチャリで爆走してきた。私は、あぁフェス行くのねと思いながらも、いや音博じゃないよねと思いなおした。何故なら、明らかにその子が好きそうなバンドは、音博には出ていないからだ。その答えは電車に乗っている途中の駅で見つかった。同日滋賀県で行われているイナズマロックフェスのポスターが貼られ、宣伝されていたからだ。
 音博は小雨が降りしきる中、トップバッタはくるり、そして、先日TVで披露された、オリジナル・メンバーでの「東京」からスタートした。演奏の後、Mステでの曲の入りについて、森信行の掛け声がまずかった的な、京都、関西特有のいじりから始まる辺りが、このフェスの雰囲気を象徴していた。

   2番手は、海外からのアーティストTete、風貌に似合わぬ?筋肉質な二の腕を顕わに、パイレーツ・オブ・カリビアンジョニー・デップの様な佇まいでギターをかき鳴らし始めた。安易すぎる発想かもしないが、さすがセネガル人の父とカリブ海マルティニーク出身の母から生まれたというだけあり、演奏と歌い方には生まれ持ったノリというものが感じられた。MCで片言な日本語で、“日本元気?”とか言っていたと思うが、よっぽど会場のノリが悪かったのだろうか笑。楽曲自体は、いわゆるブラック・ミュージックの何だか凄いんだけど、日本人にはよくわかんないという側面が強調されているわけではなく。メロディもはっきりしていて、日本人の感性にフィットするエモーショナルな部分を感じられたし、それがJ-POPに近寄ろうとした結果でなく、本来の自分の音楽を楽しく奏でた結果そうなっているのが心地良いと思った。
    3番手は矢野顕子。雨がずっと降っていた中で、少し雨脚が穏やかになったりした時間が彼女の演奏の時だった。やっぱり大御所?多くを語るまでもなく、ピアノ一つで奏でられるすべてをこの大きな曇り空にたたきつけられるのはこの人のパワーなのだろう。くるりの「ばらの花」のカバーや、彼女の誰でも必ず耳にしたことがある馴染みの曲等が歌われ、岸田繁とのコラボもあった。一番この人やっぱ強いなと思った発言は、音博は今年で10年目だけど、11年目もよろしくとサラッと言ったところだった。(本当は弱いのと言われるかもしれないが)
    少し長い転換時間をへて、3番手に登場したのはMr.Children 雨脚が強くなる中、初っ端からミスチルといえばこの曲という「名もなき詩」「Tomorrow never knows」をぶっこんでくる辺りが、今のミスチル、桜井の気迫はやっぱり尋常じゃない。フェスだからなのだろうが、90年代に彼らが生み出した曲は、やはり、時代、音楽業界、もちろん彼らの才能が寸分の狂いもなくマッチした状態で生まれ、未だにそんじゃそこらのアーティストのポップさなど、ねじ伏せてしまう。ミスチル・ポップ・マジックの底力を見せつけられた気分だった。そこから、ずっと彼らを追ってきた人は特に嬉しい曲を交えながら、時間軸が現在に進んでいき、「足音~Be Strong」など、今のミスチルの現在地もしっかり提示したうえで、次にステージを開け渡した。
    大トリのくるりfeaturing Flip Philipp and Ambassade Orchesterを待つ会場は、本格的な大降りに、夕暮れ時も近づきつつあった。ステージが完全に転換されていく途中、くるり岸田繁佐藤征史が現れた。二人は、まだ舞台の準備が整ってないんですがというフリから話をはじめ、なんとそこに再び桜井和寿が登場。そのとき、退いていった観客が再びステージ前に戻ってくるという(ミスチル人気恐るべし)人気アーティストが出るフェスらしい人のうねりがあった。そして、ミスチルへのお礼を述べつつ、まだあの曲やってないんとちゃいますか的なツッコミから、あのミスチルの名盤『深海』から「シーラカンス」が桜井和寿くるり岸田、佐藤のコラボで披露されたのだ。丁度その時だ、会場は大粒の雨が降り注ぎ完全なる豪雨、雷音も伴った今朝の予報通りの雷雨になった。
    そんなヤバい状態。その景色の中で響きわたる、“シーラカンス”という叫びは、くるりミスチルが魅せつけてくれたロックという名の「深海」だったといっても過言ではない。
    京都音博10回転、2016年の音博は、大トリを前に荒天で途中中止となった。そして、イナズマロックフェスもほぼ同時刻に中止を決めたらしい。
    1998年以降の日本のロックをくるり無しで語ることはもうできないだろう。それより前から日本のポップ・ミュージック・シーンをけん引してきたバンド、Mr.Children。この日、そのくるりミスチルがクロスした瞬間も、何かが変わっていく予兆を孕んだものだったのかもしれない。
    でも、今はまだ見えない。碁盤の目のような街並みで遠くを見通せる筈の京都でも、豪雨の中では、その先が五里霧中のように皆目見当がつかないこともある。
    ただ一つ、この変わりゆく瞬間をリアルタイムで体験出来ていることにワクワクしているし、くるりが居てくれてよかったと思うのだ。それだけははっきりしている。